福山哲郎の家系図は?両親・妻・息子・弟との家族関係や若い頃を紹介

福山哲郎
ひと目でわかるプロフィール 福山哲郎
ふくやまてつろう
生年月日
1962年1月19日
出生地
東京都
血液型
O型
星座
やぎ座
干支
寅年
最終学歴
京都大学大学院法学研究科修士課程修了
主な前職
会社員・金融関係
趣味・好きなこと
書道・茶道・野球

参議院副議長を務める福山哲郎さん。国会で活動する姿とは別に、10代の頃には家族の生活が大きく変わり、母と弟とともに東京を離れて京都へ移った時期がありました。

15歳の夏、母と小学生の弟と京都へ向かった福山さんは、その後、住み込みで働きながら高校へ入り直しています。妻や息子、俳優として活動する弟の存在も本人発信や信頼できる人物紹介からたどることができます。

ここでは家族との関係を入口に、若い頃の暮らし、アルバイト中心だった学生時代、趣味、友人との付き合い、普段の人物像が伝わるエピソードを見ていきます。

福山哲郎さんの素顔がわかる3つのポイント
  1. 2019年には、小学生の息子が藤間流の舞踊と落語を好んでいたことを本人が紹介。
  2. 15歳で母・弟と京都へ移り、住み込みで働きながら生活を立て直した。
  3. 2022年の選挙特設サイトで、内田樹氏から「親切」「礼儀正しい」と評された。

福山哲郎の家系図と家族構成

福山哲郎の家族構成 家族・結婚・子ども
家族構成
妻・息子・弟
兄弟姉妹
弟(俳優・福山俊朗)
子ども
息子がいる(2019年時点で小学生)

福山さんの家族について公に語られているのは、父、母、妻、息子、弟です。2023年に参議院在職25年の表彰を受けた際には、すでに亡くなっていた父母に触れたうえで、長く自分を支えてきた家族として妻、息子、弟へ感謝を伝えています。

身近でわがままな私を支えてくれた妻と息子、弟

出典:福山哲郎公式サイト「永年在職表彰を賜りました。」(2023年2月8日)

父の事業失敗で15歳の暮らしが一変

父は東京で鉄鋼関係の仕事をしていました。福山さんが高校1年生だった15歳の夏、父の事業が行き詰まり、住宅と工場を失います。父は行方不明となり、それまでの暮らしは突然終わりました。

母と小学1年生だった弟と新大阪駅に着いたとき、手元にあったのは6千円あまり。住む場所も仕事も決まっていませんでした。後年、福山さん自身が「同級生に別れも告げず」に東京を離れたと振り返っています。

2023年の謝辞では父について「東京で中小企業を経営していた」と説明しています。同じ謝辞で父母を「亡き父母」と呼んでおり、両親がすでに亡くなっていることも本人の言葉で示されています。

妻と息子の存在を本人が語っている

家族について詳しく語る機会は多くありませんが、2023年には妻・息子・弟へそろって謝意を表しました。長年の議員生活を振り返る場面で、支えてくれた身近な人として名前を挙げています。

2019年には、小学生だった息子について具体的な話もしています。息子は藤間流の舞踊を習い、落語も好きだったそうです。福山さんは親しくしていた鴻池祥肇さんに息子の話をし、「とても変わった男です」と紹介していました。

政治や仕事の話から離れると、伝統芸能の稽古をする息子のことを親しい相手に話していた父親としての一面が見えてきます。

弟の福山俊朗は俳優として活動

弟は俳優の福山俊朗さんです。PRESIDENT Onlineの福山哲郎さんの人物紹介では、福山俊朗さんを弟と明記しています。

俊朗さんは神戸大学在学中に東映京都俳優養成所を経て劇団そとばこまちへ入り、長く舞台に出演。その後はフリーで活動し、舞台だけでなくテレビや映画、コンサートの司会、落語などにも活動を広げています。

15歳の福山さんとともに京都へ移った「小学一年生の弟」と、後に俳優として活動する福山俊朗さんがつながります。

福山哲郎の実家と家族のルーツ

福山哲郎の実家・自宅・家族のルーツ
育った家庭や暮らしから見える人物像
実家・家族のルーツ地域
京都府
実家・家庭環境
母方の実家は京都のお寺。15歳で母・弟と京都へ移り、町工場に住み込みで生活した。

母の実家は京都のお寺

福山さんは東京都生まれですが、家族の大きな転機となった場所は京都でした。母の実家が京都のお寺だったため、父の事業が立ち行かなくなったあと、母と弟と京都を頼っています。

ただし、京都へ着いた時点で落ち着いて暮らせる場所が用意されていたわけではありません。親子3人で住める場所を探し、福山さん自身が住み込みで働ける仕事を求めました。

町工場で始まった京都の暮らし

小さな町工場を訪れた福山さんは、親子3人に住む場所がない事情を説明し、働かせてほしいと頼み込みました。そこで町工場の社長が住む場所と仕事を用意してくれました。

半年後、福山さんは高校を受験し直して京都府立嵯峨野高校へ合格。「二度目の高校一年」が始まります。後年、自由な校風で居心地のよい学校だったと振り返っています。

新聞配達で触れた京都の人の温かさ

新聞配達をしていた頃には、一か月以上誤配をせずに配り続け、5千円の褒美をもらったことがありました。配達先で「ご苦労さん、おおきに」と声をかけてもらったり、暑い日に冷たいお茶を出してもらったりしたことも覚えているそうです。

公式サイトでは、京都・平野神社の桜を自身が最も好きな桜の風景として紹介しています。東京で生まれ、10代半ばから暮らした京都は、その後も長く活動の拠点になりました。

2026年8月には、中京区朱三学区の盆踊り大会に合わせ、壬生寺で行われた約108メートルの大数珠を使う「大数珠まわし」に参加した様子をXで紹介しています。

福山哲郎の若い頃|働きながら二度目の高校1年生に

新聞配達からゴルフ場のキャディーまで

高校へ入り直したあとも、学費は自分で負担しました。新聞配達、スーパーのパック寿司作り、土木作業、イベント会場の設営。夏休みにはゴルフ場に住み込んでキャディーとして働いています。

学校へ通う一方、放課後や長期休暇は仕事という毎日でした。2003年のインタビューでも、高校時代の新聞配達や土木作業、ゴルフ場のキャディーを振り返っています。

北野天満宮の初代奨学生に選ばれた

生活が変わるきっかけの一つになったのが北野天満宮の奨学金です。当時、京都の公立高校生を対象とする制度が新しく設けられ、福山さんは初代奨学生に選ばれました。

支給額は月1万円。この奨学金を受けられることになり、大学へ進むことを真剣に考え始めたといいます。

若い頃に自分へ課した3つのルール

厳しい生活を送る中で、福山さんは自分なりのルールも決めていました。一つは、生活の苦しさを表情に出さず笑顔でいること。もう一つは、人から頼まれたら最初から断らず、まずやってみること。そして、好きな本だけは自分のお金で買うことでした。

貧しさが顔に出ないよういつも笑顔でいる

出典:福山哲郎公式サイト「私を育てた京都で学んだ『社会の懐の深さ』」(2022年4月27日)

本については「大好きな本」と表現しています。生活費や学費を自分で稼ぐ環境でも、本を買うことは自分で守る楽しみの一つだったようです。

福山哲郎の学生時代|アルバイト中心だった大学生活

大学でも学費を自分で負担

大学へ進んでも、働く生活は続きました。2003年に大学時代を尋ねられた福山さんは、かなり率直に答えています。

バイトしかしていません。

出典:NPO法人ドットジェイピー「福山哲郎インタビュー」(2003年6月4日)

3回生、4回生の頃はゼミが中心で、大学へ行くのは週1回ほどだったと振り返っています。学費を自分で出していたため、大学でもアルバイト中心の生活でした。

仕事は家庭教師や塾講師、土木作業、ゴルフ場のキャディーなどさまざま。たまに大学へ行くと、友人から「今日はどうしたんだ」と驚かれるほどだったそうです。

20歳のクリスマスは中古車がエンスト

学生時代の話には、少し肩の力が抜けるエピソードもあります。高校を一年入り直し、その後に浪人したため、20歳の誕生日は共通一次試験の時期でした。

その頃のクリスマスには、当時付き合っていた女性と中古車でドライブへ。しかし途中で車がエンストしてしまい、車を置いてバスで家まで帰ったと笑い交じりに振り返っています。

本人も「かっこ悪かった」と語る出来事で、入試直前にもかかわらず出かけていたことまで含め、2003年のインタビューでは飾らずに話しています。

福山哲郎の趣味・好きなもの

福山哲郎の好きなもの・休日
趣味・好きなこと
書道・茶道・野球
趣味の詳細
茶道・書道・野球
好きなもの
本(若い頃から「大好きな本」と本人が表現)

趣味は茶道・書道・野球

本人公式プロフィールに掲載されている趣味は、茶道・書道・野球です。スポーツだけでなく、日本文化に関わる趣味が二つ並んでいます。

子どもの頃の夢は野球選手。政治家になった後も公式プロフィールにこの夢を載せ続けています。

バスケットボールとの付き合いも長い

プロフィール上の趣味は野球ですが、バスケットボールとの関わりも長く続いています。2017年には超党派のバスケットボール議員連盟副会長として活動しており、2020年には京都府バスケットボール協会会長に就任しました。

2026年9月6日にも、京都で開かれた3×3の二つの大会をXで紹介。大学・社会人向け大会とU18大会の様子を写真付きで投稿しています。

福山哲郎の性格・人柄と私生活

福山哲郎の人柄・私生活
性格・価値観・人間関係から見える素顔
性格・人柄
2022年の選挙特設サイトで、内田樹氏から「親切」「礼儀正しい」と評された。
私生活・日常
2019年には、小学生の息子が藤間流の舞踊と落語を好んでいたことを本人が紹介。
価値観・人生観
好きな言葉は「一日を生涯として生きる」。若い頃は「笑顔」「頼まれたらまずやる」「好きな本は自分で買う」を心に決めていた。
交友関係・人間関係
越前屋俵太を「長年のファンであり、友人」と紹介。鴻池祥肇とも酒を酌み交わす交流があった。
意外な一面・こだわり
20歳のクリスマス、ドライブ中に中古車がエンストし、車を置いてバスで帰宅した。

内田樹が語った「親切」「礼儀正しい」印象

福山さんの人柄については、本人の自己評価だけでなく、周囲の人の言葉も残っています。2022年の参議院選挙特設サイトには複数の応援コメントが掲載されました。

神戸女学院大学名誉教授の内田樹さんは、福山さんについて次のように評しています。

とにかく親切ということ、礼儀正しいということ。

出典:福山哲郎「2022年参議院議員選挙 特設サイト」内田樹応援コメント(公開日記載なし)

教育研究家の小林さやかさんも同じ特設サイトで、会う前には「いつも怒っている」印象を持っていたものの、実際には優しく政治について話してもらったと振り返っています。いずれも選挙特設サイトに掲載された応援者側からの人物評です。

福山哲郎の友人・人間関係

越前屋俵太は長年のファンで友人

2017年には、タレントで書家の越前屋俵太さんの出版記念イベントへ参加しています。その日の本人の日記には、単なる仕事上の知人とは少し違う関係が記されていました。

長年のファンであり、友人

出典:福山哲郎公式サイト「週末動向あれこれ」(2017年6月27日)

イベントでは懐かしい映像を見ながら笑い、本人は「人生を考える会」だったと記しています。政治日程だけではない、長く応援してきた友人のイベントを客席から楽しむ一日でした。

鴻池祥肇と酒を酌み交わした関係

自民党の参議院議員だった鴻池祥肇さんとも、党派を越えて親しい交流がありました。京都の小料理屋で酒を酌み交わしたことがあり、鴻池さんは福山さんを「福ちゃん」と呼んでいました。

鴻池さんは晩年、自分が好きだった日本酒「義侠」を福山さんへ贈っています。2019年に福山さんが参議院本会議で追悼演説を行った際、その一本を誰と飲めばよいのかと、別れを惜しんでいました。

2026年にはモンゴルで古い友人と再会

2026年8月にはモンゴルを訪問し、ウランバートルからXを更新。日本人抑留中死亡者慰霊碑へ献花したほか、「古い友人」と表現するナランバヤル前教育相と再会しています。

福山哲郎が大切にしてきた言葉と価値観

好きな言葉は「一日を生涯として生きる」

公式プロフィールで福山さんが「好きな言葉」として掲げているのが、「一日を生涯として生きる」です。

一日を生涯として生きる

出典:福山哲郎公式サイト「プロフィール」(2025年10月4日)

15歳の頃に決めた「まずやってみる」というルールとも重なります。2022年の本人公式YouTubeでは、自分が政治に向き合う際に大切にしている考えを、自身の言葉と表情で長めに語っています。

8月6日に広島の原爆犠牲者を追悼

2026年8月6日には、広島への原爆投下から81年となった日にXを更新し、原爆犠牲者への哀悼を記しました。過去の出来事を記憶する日には、自身のアカウントでも言葉を残しています。

避難所で見た支援への感謝

8月12日の投稿では、避難所周辺に集まった自衛隊や自治体の給水車、ボランティアや物資を届ける民間企業の姿を紹介。全国の自治体や民間からの支援に感謝を記しています。

シベリア・モンゴル抑留犠牲者の追悼へ

8月25日には、東京で開かれた「第24回シベリア・モンゴル抑留犠牲者追悼の集い」への参列を紹介しました。前年に続き副議長として足を運び、長年にわたり追悼を続けてきた関係者への感謝と敬意を記しています。

福山哲郎氏の「本人の言葉」から素顔を見る

家族や学生時代、趣味、価値観などについて、 本人が実際に語った言葉から、 人物像をさらに詳しく見ていきます。

本人の言葉を深掘り

やりたいことが変わるのを怖がらない

2003年6月4日 NPO法人ドットジェイピー「福山哲郎インタビュー」
関心の領域が変わったり自分がやりたいことが変わったりする事を怖がる必要はないと思います。
この発言で語っていること

福山氏は若者へのメッセージとして、関心や目標が変化することを恐れず、まず一生懸命取り組むことが大切だと語っています。

元の発言を確認する

学生時代の土木作業も楽しんだ

2003年6月4日 NPO法人ドットジェイピー「福山哲郎インタビュー」
土方とかおもしろかったですよ。
この発言で語っていること

学費のため多くのアルバイトを経験した福山氏は、土木作業やゴルフ場のキャディーも「おもしろかった」と飾らず振り返っています。

元の発言を確認する

大学生との授業を楽しんでいた一面

NPO法人ドットジェイピー「福山哲郎インタビュー」
学生と話していて僕がびっくりするような質問をしてくる学生とかいっぱいいて、楽しいんですね。
この発言で語っていること

福山氏は大学で政治学を教えていた頃、学生から思いがけない質問が出ることを楽しみ、受講カードに書かれた質問や意見へ次の授業で必ず答えていたと語っています。

元の発言を確認する
関連書籍
福山哲郎さんの著書・関連書籍
2015年安保 国会の内と外で 民主主義をやり直す
書籍
2015年安保 国会の内と外で 民主主義をやり直す
著者:奥田 愛基/倉持 麟太郎/福山 哲郎 / 出版社:岩波書店 / 発売日:2015年12月22日頃
再生可能エネルギーがひらく未来
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再生可能エネルギーがひらく未来
著者:エイモリー・ロビンス/新原 浩朗/福山 哲郎/佐和 隆光/村上 憲郎/槌屋 治紀 / 出版社:岩波書店 / 発売日:2013年09月04日頃
原発危機官邸からの証言
書籍
原発危機官邸からの証言
著者:福山哲郎 / 出版社:筑摩書房 / 発売日:2012年08月

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参考・出典
この記事で参照した主な資料
公式・公的資料
報道・インタビュー
その他の資料
  • 福山哲郎インタビュー 運営主体:NPO法人ドットジェイピー/確認内容:大学時代のアルバイト、学費負担、20歳当時の生活、中古車のエンスト。
素顔データ最終確認日 2026年9月16日
この記事の更新履歴
  • 「本人の言葉」から素顔を見るセクションを追加
  • 記事を新規作成。家族・両親・妻・息子・弟、若い頃、学生時代、趣味・友人・価値観、公式X・YouTubeを確認。

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