朝日健太郎さんといえば、199cmの長身を生かして男子バレーボール日本代表、さらにビーチバレー日本代表として北京・ロンドンの2大会で五輪に出場した元アスリートです。
ところが、子どもの頃からスポーツ万能だったわけではありません。むしろ運動には苦手意識があり、ラジコンやプラモデルを好む少年でした。家庭では妻と娘、息子の4人で暮らし、アスリート時代には国際大会より長女の出産を優先したこともあります。
身長199cmの五輪選手という華やかなイメージとは少し違う、家族との日常や若い頃の意外な話を見ていきます。
- 妻・娘・息子の4人家族。2019年には朝に子どもを学校へ送り、そのまま電車で通勤していた。
- 小学生時代はサッカー、中学でバレーボールへ。小学6年で175cm、中学時代に190cmを超えた。
- 本人は若い頃を内向的だったと振り返り、大学時代はバレーだけでなく家事や家計簿もきちんとこなしていた。
朝日健太郎の家族構成
朝日健太郎さんは妻、娘1人、息子1人の4人家族です。本人のプロフィールでも「子育てまっただ中のパパ」と紹介しています。
2019年には、自宅でも共働きで2人の子どもを育てていると明かしていました。当時は長女が9歳、長男が7歳。娘と息子では成長の速度も違うため、それぞれの性格や個性を見ながら接することを意識していたそうです。
奥さんの出産を優先して国際大会を棄権
妻とのエピソードで特に印象的なのが、まだ現役アスリートだった頃の出来事です。長女の誕生予定と、五輪に準ずる重要な国際大会の日程が重なりました。
当初は競技を優先する生活を送っていましたが、このときは大会を棄権し、妻の出産に立ち会う道を選びました。代表チームにいる選手としては周囲を驚かせる決断でしたが、最終的には理解を得られ、本人は悔いのない選択だったと振り返っています。
息子・娘と一緒に家を出て学校へ送る朝
議員になった後も、家庭では父親としての時間をつくっていました。2019年には、朝に会議がなければ子どもたちと一緒に家を出て、小学校まで送ってから電車で仕事へ向かっていたと話しています。
「家族との時間を優先させたい」
出典:東京すくすく「〈ママパパ議連 本音で話しちゃう!〉第6回 朝日健太郎参院議員 ビーチバレーの国際大会を『棄権』した理由とは…」(2019年9月30日)
月1回の公開授業にも可能な範囲で顔を出し、担任の先生と話してから仕事へ向かっていました。子どもたちが学校で経験したことを話しやすい環境をつくるため、日頃から先生とのコミュニケーションも意識していたそうです。
子どもが通う学校でオリンピアンとしてスポーツの実演をしたこともありました。競技者としての経験と父親としての日常が、学校という場所で重なった出来事です。
朝日健太郎の実家と家族のルーツ
朝日健太郎さんは1975年に熊本県で生まれました。出生時の体重は4500グラム。本人公式サイトの年表では、大きな赤ちゃんだったため、まだ座るのも十分ではない頃から周囲を驚かせていたと紹介されています。
家族には4歳上の姉がいます。両親は共働きで、自宅には祖母も同居していました。そのため幼い朝日さんは、祖母と過ごす時間が長い子どもだったそうです。
共働きの両親から言われたのは「勉強も運動もバランスよく」
スポーツ一家で幼い頃から英才教育を受けた、という家庭ではありませんでした。本人は「ごく一般的な家庭」で育ったと振り返り、両親からは勉強と運動の両方に取り組むよう言われていたと話しています。
中学生になってバレーボールで全国から注目されるようになっても、両親が「何が何でもスポーツで一番に」と押したわけではありません。高校進学を考えた時期には、親は地元の進学校へ進むことを望んでいました。
朝日さん自身も勉強が好きで、中学時代の成績は学年でも上位。高校に入ってからも参考書を使って勉強し、部活動を続けながら3年間にわたって高い成績を維持していました。
朝日健太郎の若い頃|身長199cmでも運動は苦手だった
朝日健太郎さんの身長は199cm。小学校6年生の時点ですでに175cmあり、中学生になると190cmを超えました。ところが本人にとって、高身長は最初からスポーツの武器だったわけではありません。
「内向的な少年でした」
出典:ニッポン放送「元ビーチバレー日本代表 朝日健太郎さん。バレーボールを選んだ理由は髪型?」(2018年8月26日)
好きだったのはラジコンやプラモデル。友達に誘われてサッカーを始めましたが、背が高いためゴールキーパーを任されると、飛んでくるシュートが怖くて避けてしまったこともあったと笑いながら振り返っています。
身長が高すぎて思うように体を動かせず、本人は運動へのコンプレックスを抱えていました。後に五輪へ2度出場する選手のスタート地点は、「スポーツが得意だからもっと上を目指したい」ではなかったのです。
バレーを選んだ理由の一つは「髪型が自由」だったこと
中学生になると、「ここでスポーツから離れれば運動が苦手なままになる」と考え、新しい競技を探しました。候補は、背の高さを生かせるバスケットボールとバレーボールでした。
そこで思わぬ決め手になったのが髪型です。当時のバスケットボール部は丸刈りが必要だった一方、バレーボール部は自由。ちょうど入部届を出す日に髪のジェルを買ったばかりだったため、「ジェルを使うならバレー」と考えたと本人が話しています。
最初から五輪や日本代表を思い描いていたわけではなく、本人の表現では「運動に関わりたい」という程度の軽い気持ちからのスタートでした。週2~3回ほどの練習を続けるうちに県大会決勝へ進み、中学3年では熊本県代表として全国大会に出場します。
その全国大会をきっかけに強豪校から推薦の話が届き、進学校へ向かうか、バレーボールへ進むかをぎりぎりまで迷いました。最終的に選んだのが、熊本の強豪・鎮西高校でした。
朝日健太郎の学生時代|バレーだけでなく家事と家計簿もきちんと
鎮西高校では本格的にバレーボールへ打ち込み、キャプテンも務めました。一方で、本人が置いていた目標は単純な「日本一」だけではありませんでした。
「自己成長」
出典:withnews「五輪代表になれても抱えた『不満』 朝日健太郎さんに訪れた『爆発』」(2018年5月11日)
勝つことだけをゴールにするとプレッシャーで疲れてしまうため、自分が少しずつ高いところへ進むことを大切にしていたそうです。高校では部活動が生活の中心にありながら、勉強も続けていました。
熊本を離れて一人暮らし
法政大学への進学を機に熊本を離れて上京し、一人暮らしが始まります。全国のバレーボール強豪校から同学年の選手8人が集まり、朝日さんは1年生から試合に出場しました。
競技生活だけを見ると体育会系らしい大学時代ですが、自宅での暮らしぶりはかなり几帳面でした。
「バレー、家事、家計簿など全部きちんと」
出典:withnews「五輪代表になれても抱えた『不満』 朝日健太郎さんに訪れた『爆発』」(2018年5月11日)
本人は後年、自分には「豪快さ」や「破天荒さ」が足りず、武勇伝もないと笑っています。バレーで注目される一方、家では家事をこなし、家計簿までつける生活を送っていました。大学進学を機に始まった一人暮らしでは、競技だけでなく日々の生活も自分で管理していたことが本人インタビューから確認できます。高校ではキャプテン、大学では1年生から試合に出場する一方、生活面では家事と家計簿を続けていたという対照的なエピソードです。
朝日健太郎のバレー時代|「ライジングサン」からビーチへ
大学卒業後はサントリーに入り、199cmの高さを生かしたブロックを武器にセンターとしてプレーしました。名字の「朝日」から付いたニックネームが「ライジングサン」です。
試合では勢いだけでガッツポーズをしていたわけではありません。ブロックが決まったとき、どの観客席へ向けて喜べばファンが楽しんでくれるかまで冷静に見ていたと本人は振り返っています。
西村晃一の一言がビーチバレー転向のきっかけ
大きな転機は26歳だった2002年。同じ日本代表でプレーした西村晃一さんから声をかけられ、インドアからビーチバレーへ移りました。
日本代表として順調に見える一方、朝日さん自身は競技で求められる結果と、自分が大切にしてきた成長への思いとの間にずれを感じていました。西村さんに誘われたことで、慣れた競技環境を離れ、砂の上で一から挑戦する道へ進みます。
ビーチでは風や砂によってボールや体の動きが変わり、インドアと同じ技術だけでは通用しません。それでも競技を続け、北京2008では9位、さらにロンドン2012にも出場しました。
2026年時点の自民党公式プロフィール
自由民主党の現職議員プロフィールでは、朝日健太郎さんは1975年9月19日生まれ、東京都選挙区選出、参議院議員2期です。法政大学を卒業後、バレーボール選手として活動し、北京・ロンドン五輪ではビーチバレーボール日本代表を務めました。
現在は文部科学部会長代理などを務めています。この記事では役職や政策評価ではなく、妻・娘・息子との家庭、選手時代、学生生活、家事や趣味など人物背景を中心に紹介しています。
家族の情報は本人が公表した範囲に限定
妻と娘1人・息子1人という家族構成は本人の発信で確認できます。出産を優先して国際大会を棄権したエピソードや、子どもを学校へ送る日常は本人が公表した内容として扱っています。
記事内のYouTubeは朝日健太郎さん本人が出演する自民党公式企画で、別人や本人不在の動画ではありません。
朝日健太郎の趣味・好きなもの
競技を終えた後も、体を動かす習慣は続いています。本人プロフィールに挙げている趣味・特技にはランニング、スキー、自宅トレーニングなどがあり、最近ハマっているものとしてトレッキングも挙げています。
特にランニングは長く続いている習慣です。競技引退後にはチャリティマラソンにも挑戦し、本人公式サイトでは2013年から東京マラソンのチャリティランナーとして走ってきたことが紹介されています。
2021年の元日にも「元旦恒例の日の出ラン」として、井の頭公園を走った様子を投稿していました。競技を離れてからも、走ることが日常の中に残っています。
- 食べ物:ポテトチップス、たこやき、スモークチーズ、そば、レモネード、おせんべい
- 音楽:メタリカ、布袋寅泰
- 映画:『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』
- スポーツ:テニス、バレーボール、ラグビー
- そのほか:靴みがき、トレッキング、献血
一方、苦手なものとして挙げているのは昆虫。身長199cmの元五輪選手というイメージとは少し離れたプロフィール項目です。
朝日健太郎の性格・人柄と私生活
朝日健太郎さん本人の昔の自己評価には、「内向的」「豪快さや破天荒さがない」といった言葉が出てきます。周囲が抱きやすい大型アスリートのイメージとは違い、勉強や家事も含めて物事を一つずつこなすタイプだったと振り返っています。
高校時代から大切にしていたのも、一度に頂点へ駆け上がることではなく、なだらかでも成長を続ける考え方でした。公式プロフィールに掲載している座右の銘も「初心生涯」です。
競技を引退して間もない2013年には、子どもたちへスポーツを伝える活動について、勝敗や厳しい練習だけではなく、楽しさそのものを感じてもらいたいと話していました。
「スポーツは苦しいという、皆のネガティブな観念を変えたい」
出典:済生会「朝日 健太郎 さん」(2013年2月10日)
CafeStaの「突撃!隣の議員会館」では、朝日さんの議員会館の部屋を訪ねながら、小野田紀美さんとのやり取りを通して普段の話し方や199cmの身長にまつわる話を見ることができます。
子どもの頃は運動が苦手だった少年が、中学で何となく選んだバレーボールを続け、競技を変えながら二度の五輪へ出場しました。その後もランニングやトレッキングなど、形を変えながらスポーツとの付き合いは続いています。競技生活を終えた後も、体を動かす習慣そのものは続いていることが本人の発信から確認できます。
朝日健太郎氏の「本人の言葉」から素顔を見る
家族や学生時代、趣味、価値観などについて、 本人が実際に語った言葉から、 人物像をさらに詳しく見ていきます。
子どもの頃の自分
学生時代に大切にしていた成長
ゴール設定を「勝利」や「日本一」にはせず、「高みを目指すこと」
高校時代の競技について、勝敗そのものよりも自分が成長し続けることを目標に置いていたと説明しています。
大学時代の暮らし
スポーツの楽しさを伝えること
スポーツは苦しいという、皆のネガティブな観念を変えたい。
現役引退後、子どもたちに競技の厳しさだけではなく、スポーツを楽しむ感覚を伝えたいという考えを語っています。
- 朝日健太郎公式サイト「プロフィール」 運営主体:朝日健太郎事務所/確認内容:家族構成、血液型、趣味、好物、好きな音楽・映画、座右の銘、学生時代、競技時代、最終課程。
- 朝日健太郎公式サイト「プロフィール Part 2」 運営主体:朝日健太郎事務所/確認内容:熊本での幼少期、4500gで出生、4歳上の姉、共働きの両親、同居する祖母。
- 参議院議員 朝日 健太郎 運営主体:自由民主党/確認内容:生年月日、東京都選挙区、当選回数、所属、現行役職、本人公式X・YouTubeへの公式リンク。
- 大臣・副大臣・大臣政務官 運営主体:国土交通省/確認内容:2026年9月26日時点の国土交通副大臣就任状況。
- 朝日 健太郎 ビーチバレー ロンドン2012 運営主体:日本オリンピック委員会/確認内容:生年月日1975年9月19日、身長199cm、体重95kg、熊本県出身、ロンドン五輪出場。
- 突撃!隣の議員会館 ゲスト:朝日健太郎参議院議員 運営主体:自由民主党/確認内容:CafeSta出演、動画内容、199cmの身長に関するトーク、YouTube採用動画の公式性。
- 〈ママパパ議連 本音で話しちゃう!〉第6回 運営主体:東京新聞/東京すくすく/確認内容:共働き家庭、妻、長女の出産、国際大会棄権、娘・息子、学校への送り、公開授業、家族時間。
- 元ビーチバレー日本代表 朝日健太郎さん。バレーボールを選んだ理由は髪型? 運営主体:ニッポン放送/確認内容:身長199cm、小6で175cm、内向的だった子ども時代、サッカー、運動への苦手意識、バレーを選んだ理由。
- 五輪代表になれても抱えた「不満」 朝日健太郎さんに訪れた「爆発」 運営主体:withnews/朝日新聞社/確認内容:両親の教育方針、中学から高校への進路選択、自己成長、高校時代の勉強、大学時代の一人暮らし、西村晃一との関係、ビーチ転向。
- 朝日 健太郎 さん 運営主体:社会福祉法人 恩賜財団 済生会/確認内容:子どもの頃の運動への苦手意識、引退直後のスポーツ観。














































