小里泰弘さんは、鹿児島県霧島市につながる農村で育ち、子どもの頃は山や川を走り回って過ごしました。小学生で剣道を始め、中学生になると新聞配達。さらに中学3年で親元を離れ、鹿児島市内で下宿生活を始めています。若い頃から続けてきた剣道は60代になった現在も趣味として残り、生活の中で長く続き、現在の趣味としても本人プロフィールで確認できます。
家族では、妻の祐子さん、父で元衆議院議員の小里貞利さんとの関係が確認できます。現在まで続く趣味は釣り・読書・剣道。妻が作るオムライスとコロッケを好物として挙げるなど、公式プロフィールには政治活動だけでは分からない日常の一面も残されています。
ここでは、家族、実家、子ども時代、学生時代、会社員時代、趣味や日常まで、小里泰弘さんの人物像が伝わるエピソードを中心に見ていきます。
- 釣り・読書・剣道を趣味とし、本人プロフィールでは犬の散歩やバイクも紹介されている。
- 小学生で剣道スポーツ少年団1期生。中学では新聞配達を始め、中学3年から鹿児島市内で下宿生活を送った。
- 本人は信条として「花に水、人に心」を掲げ、自民党プロフィールでは苦手なもの・ことに「他人への悪口、批判」を挙げている。
小里泰弘の家族構成
妻は小里祐子さん
小里泰弘さんの妻は、小里祐子さんです。
祐子さんは2018年12月、東京大学農学部の弥生講堂で開かれた「日本フラワー・オブ・ザ・イヤー2018」の授賞式に、小里泰弘農林水産副大臣夫人として特別ゲストで出席しました。受賞者への花の贈呈や記念撮影にも参加しています。
夫婦の日常が少し見えるのが、小里さん自身が紹介している「好きな食べ物」です。現在公開されているプロフィールでは、好物として妻が作るオムライスとコロッケを挙げています。
「妻が作ってくれるオムライスとコロッケが大好物です!」
出典:選挙ドットコム「小里やすひろ プロフィール」
公的な場に夫人として出席する姿と、家庭の味を好物として挙げる本人の自己紹介の両方が残っており、祐子さんは小里さんの生活を長く支えてきた家族の一人であることが分かります。
父は元衆議院議員の小里貞利
父の小里貞利さんも国政で活動した政治家です。阪神・淡路大震災では震災対策担当大臣を務め、整備新幹線に長く関わったことから「ミスター新幹線」と呼ばれた人物でもあります。
ただ、泰弘さんは大学卒業後すぐに父の秘書になったわけではありません。まず野村證券へ入り、民間企業で約8年間働いてから父の秘書へ転じました。
政治家の父を身近に見て育ちながらも、一度は金融の現場へ出て社会経験を積んだことが、小里さんの若い頃を知るうえで大きな特徴です。
母は小里幸子さん
母は小里幸子さんです。鹿児島市が公開する2019年8月の市長交際費には、「衆議院議員 小里泰弘氏 御母堂 小里幸子氏」への供花が記録されています。
小里さんの公式プロフィールでは、幼少期を鹿児島県姶良郡霧島町の農家で過ごしたことが詳しく紹介されています。父が国政へ進んだ後の姿だけではなく、その前の農村での家庭環境が、小里さん自身の原風景になっています。
小里泰弘の実家と家族のルーツ
小里泰弘さんは1958年9月29日、鹿児島県姶良郡霧島町、現在の霧島市に生まれました。実家は農家で、本人の公式プロフィールでは、育った地域を「僻地農村地帯」と表現しています。
子どもの頃の遊び場は、山や川でした。仲間と三角ベース野球をし、山に入れば山芋やアケビを採り、クワガタムシを捕まえる。川では魚を追う。現在の肩書きからは想像しにくい、自然の中で一日を過ごす少年時代でした。
この頃から鹿児島との結びつきは強く、現在の発信でも鹿児島弁の「おやっとさあ」を挨拶に使っています。2026年2月に国会活動を再開した際にも、ブログの書き出しは「おやっとさあ、小里泰弘です。」でした。
国会で活動するようになってからも、出身地の言葉をそのまま使って発信しているところに、幼い頃から続く地元との距離感が表れています。
小里泰弘の子ども時代と学生時代
小学生で剣道スポーツ少年団の1期生に
町立太田小学校では、発足したばかりの剣道スポーツ少年団の1期生として剣道を始めました。運動会では鼓笛隊の指揮も経験しています。
剣道は子どもの頃だけの経験ではありません。後年の公式プロフィールでも趣味として挙げられ、2026年2月に少年剣道の大会を訪れた際には、自分が50年以上前に少年団の1期生だったことを振り返っています。
「少年剣士の皆さんの勇姿に触れ、懐かしい思い出がよみがえりました。」
出典:小里やすひろブログ「日置市の地域回りで」(2026年2月23日)
小学生で始めたものが60代になっても趣味として残り、少年剣士を見て当時を思い出す。小里さんにとって剣道は、長く続いている生活の一部です。
中学生になると新聞配達を開始
霧島中学校に進むと、新聞配達を始めました。朝から仕事をして学校へ通う生活で、本人の公式プロフィールでは、この経験で心身を鍛えたと紹介されています。
山や川で遊んでいた小学生時代から、毎朝決まった時間に新聞を届ける生活へ。まだ十代のうちから、自分の役割を持って一日を始める生活を経験していました。
中学3年で親元を離れて下宿生活
さらに大きな変化があったのは中学3年のときです。進学に備えて鹿児島市内へ転校し、中学生のうちから下宿生活を始めました。
親元を離れた生活の楽しみは、毎日の銭湯でした。鹿児島の銭湯には温泉を使うところが多く、下宿先から銭湯へ通う時間が日常の楽しみになっていたそうです。
その後、県立鶴丸高校へ進学し、慶應義塾大学法学部法律学科へ。大学では法学と政治学を学びました。
「広く世の中の役に立ちたい」
出典:小里泰弘公式プロフィール
政治家だった父の影響も受けながら、大学時代には社会に関わる仕事を意識するようになっていきました。ただし、卒業後に選んだ最初の仕事は政治の世界ではありませんでした。
小里泰弘の若い頃|野村證券で約8年間勤務
渋谷支店から始まった証券マン生活
大学卒業後、小里泰弘さんは野村證券に入社しました。理由として挙げているのは、社会に貢献できる人材になるため、まず経済の仕組みを学びたかったということです。
最初の配属先は渋谷支店。当時の野村證券の厳しい営業環境の中で仕事を覚え、証券マンとして経験を積みました。
そこで残した成績はかなり目立つものでした。公式プロフィールによると、同期と1期上を合わせた約420人の中でトップの成績を記録しています。
その実績が評価され、最後の4年近くは大阪支店の事業法人部へ。野村證券には合計で8年近く在籍しました。
民間企業を経験してから父の秘書へ
証券会社を離れた後、父・貞利さんの秘書となります。父のもとでは、労働大臣秘書官、震災対策特命大臣秘書官、総務庁長官秘書官なども経験しました。
農村で育った少年時代、鹿児島市での下宿、東京と大阪での会社員生活を経てから政治の現場へ入ったという流れは、小里さんの若い頃を知るうえで欠かせない部分です。
父と同じ政治の世界へ進んだ後も、最初から同じ道だけを歩いていたわけではなく、金融の現場で働いた時期が間にあります。
小里泰弘の趣味・好きなもの
釣り・読書・剣道は長年の趣味
小里泰弘さんが公式プロフィールに挙げている趣味は、釣り、読書、剣道です。自民党の候補者プロフィールでは、ここに犬の散歩も加わっています。
2026年の本人資料では、趣味としてバイクも掲載されています。子どもの頃から続く剣道に、釣り、読書、犬との散歩、バイクと、仕事以外の過ごし方はかなり幅があります。
特に剣道は、小学生のスポーツ少年団1期生だった頃から現在までつながる趣味です。2026年に少年剣道の大会を訪れた際にも、自分の少年時代を重ねるように当時の記憶を振り返っていました。
好きな食べ物は妻のオムライスとコロッケ
好きな食べ物は、オムライスとコロッケ。しかも単に料理名だけではなく、本人は「妻が作ってくれる」ものが大好物だと紹介しています。
過去の本人資料には「たまご、コロッケ」と書かれたものもありますが、現在のプロフィールでは「妻が作ってくれるオムライスとコロッケ」と、家庭での食事が分かる形で紹介されています。
趣味や好物は、政治家としての役職とは直接関係のない情報です。ただ、小学生から続く剣道や妻の手料理といった話を見ると、長く続いている習慣や家庭での時間が見えてきます。
小里泰弘の性格・人柄と私生活
信条は「花に水、人に心」
小里泰弘さんが長く掲げている信条は、「花に水、人に心」です。現在の公式プロフィールにも、この言葉が掲載されています。
自民党の人物紹介では、「苦手なもの・こと」として他人への悪口、批判を挙げています。本人が自分の好みや価値観を紹介する欄で選んだ言葉です。
一方で、若い頃には厳しい営業の世界へ飛び込み、約420人の中でトップの成績を残しました。中学生で新聞配達を始め、親元を離れて下宿した経験もあります。
現在の趣味には、釣りや読書のように一人で楽しめるものと、剣道や犬の散歩のように体を動かすものが並びます。本人が公開しているプロフィールだけでも、仕事以外の過ごし方は一つに偏っていません。
鹿児島弁の「おやっとさあ」で発信
近年のブログでは、記事の冒頭で「おやっとさあ、小里泰弘です。」という挨拶を繰り返し使っています。「おやっとさあ」は鹿児島で使われるねぎらいの言葉です。
鹿児島の農村で育ち、子どもの頃は山や川が遊び場だった小里さんが、国会議員となった現在も地元の言葉で発信を始める。幼少期から現在までのつながりが分かる一面です。
プロフィール資料から分かる小里泰弘の日常
小里泰弘さんの公式プロフィールは、時期によって少しずつ内容が更新されています。2021年の自民党候補者プロフィールでは、趣味として釣り・読書・剣道・犬の散歩を掲載。好きなもの・ことにはオムライス、コロッケ、苦手なもの・ことには他人への悪口、批判を挙げていました。
2026年の本人資料では、趣味として釣り・剣道・バイクを掲載しています。釣りと剣道は長く共通しており、剣道は小学生で始めた頃から現在までつながる趣味です。一方で、犬の散歩やバイクのように、その時期の日常が見える項目もあります。
また、2024年の本人資料では、好きな食べ物にたまご、コロッケ、得意な言語にかごっま弁、尊敬する人物に西郷隆盛を挙げています。国会議員としての役職とは直接関係のない項目ですが、鹿児島で育った小里さんの生活感や地元との結びつきが分かる情報です。
本人公式サイトでも、1958年に鹿児島県姶良郡霧島町で生まれ、山や川で遊び、剣道や新聞配達を経験した子ども時代が詳しく紹介されています。現在のプロフィールだけを見るより、幼少期から現在までをつなげて読むほうが、小里さんの人物像を具体的に追うことができます。
なお、これらは本人公式サイトと自由民主党の公式プロフィールで確認できる情報です。第三者による性格評価ではなく、本人が公開している自己紹介や経歴資料をもとに紹介しています。
「おやっとさあ、小里泰弘です。」
出典:小里やすひろブログ「議員活動再始動」(2026年2月17日)
2026年の国政復帰後も「初心に帰って」再スタート
2026年2月の衆議院選挙で、小里泰弘さんは比例九州ブロックで当選し、国政へ復帰しました。衆議院の議員プロフィールでは、2026年4月時点で当選7回と記載されています。
2月17日に国会活動の拠点へ入った際には、以前も使っていた衆議院第一議員会館811号室へ戻りました。かつて一緒に働いた秘書2人も再びスタッフとして合流しています。
「初心に帰って新たな議員活動のスタートです。」
出典:小里やすひろブログ「議員活動再始動」(2026年2月17日)
農家の子どもとして山や川で遊び、新聞配達や下宿生活を経験し、大学卒業後は証券会社へ。そこから父の秘書を経て国政へ進みました。現在も剣道や釣り、読書を趣味にし、妻の手料理を好物として挙げ、地元の言葉で発信を続けています。
父が政治家だったことだけで経歴をまとめると、約8年間の証券会社勤務や、農家で育った子ども時代が見えにくくなります。小学生で始めた剣道は60代になった現在も趣味として続き、釣りや読書、犬の散歩、バイクも本人プロフィールに登場します。妻・祐子さんのオムライスやコロッケを好物に挙げている点も、家庭での一面を知る具体的な情報です。
小里泰弘氏の「本人の言葉」から素顔を見る
家族や学生時代、趣味、価値観などについて、 本人が実際に語った言葉から、 人物像をさらに詳しく見ていきます。
地元の言葉で始める発信
1年余の浪人を経て感じた責任
1年余の浪人生活を経てのことだけに、代議士という立場の重さ、責任の大きさをひしひしと感じました。
小里氏は国政復帰後の初登院で、1年以上議席を離れていた経験を踏まえ、議員としての責任を改めて強く感じたと記しています。
妻の手料理で好きなもの
妻が作ってくれるオムライスとコロッケが大好物です!
小里氏はプロフィールで、好きな食べ物として妻が作るオムライスとコロッケを挙げています。家族の日常が見える本人の自己紹介です。
- 小里泰弘公式プロフィール 幼少期、下宿生活、野村證券時代、趣味・信条を確認
- 小里泰弘 2026年プロフィール資料 鹿児島のルーツ、経歴、趣味を確認
- 日本フラワー・オブ・ザ・イヤー2018授賞式 妻・祐子氏の出席を確認
- 小里やすひろ「議員活動再始動」 2026年の国政復帰、議員会館・秘書・本人発言を確認
- 小里泰弘に関するYouTube動画 記事本文で参照












































コメントを残す