石川博崇さんは、外交官出身という肩書きから「国際派」の印象が強い政治家です。
ところが、その原点をたどると出てくるのは、大阪府豊中市の庄内で近所の友だちと走り回っていた少年時代。中学・高校では片道1時間40分をかけて通い、誰よりも早く学校へ着いて校内を掃除していたという、かなり地道な一面もあります。
大学では海洋生物を研究しながら環境NGOの設立に参加。外務省へ入ると、ゼロからアラビア語を学び、中東の現場へ飛び込んでいきました。
家族については、過去の公式プロフィールで妻と息子1人の3人家族と紹介されています。
子ども時代から学生時代、家族、世界各地で過ごした若い頃、そして長年続けているラジオまで追っていくと、国会で見せる姿とは少し違う石川博崇さんの横顔が見えてきます。
- FM大阪「OSAKA TALKING HEADS」でDJを担当。
- 友人と走り回る活発な少年。高校では早朝登校と清掃を継続。
- 一度決めたことをやり遂げ、学校行事では裏方作業にも取り組む。
石川博崇の家族構成
石川博崇さんは、2015年と2016年に公明党が掲載したプロフィールで「妻と1男の3人家族」と紹介されています。
妻の氏名や息子の詳しいプロフィールよりも、公式資料で確認できるのは家族構成が中心です。
石川さん自身も3人きょうだいの長男として育ちました。自分が育った家庭と、のちに妻・息子と築いた家庭。その両方に「3人」という数字が並ぶのは少し印象的です。
3人きょうだいの長男として育った
生まれ育った場所は、大阪府豊中市の庄内です。
本人のヒューマンストーリーでは、近所の大人たちに見守られながら、友だちと走り回る活発な少年だったと紹介されています。
2022年の人物紹介では両親を「まじめ」と表現し、その家庭で優しさや粘り強さを身につけていったとされています。
長男だったことを考えると、幼いころから年下のきょうだいが身近にいる家庭で過ごしていたことになります。家の外では地域の大人に見守られ、家では3人きょうだいの一番上。庄内での暮らしが少年時代の舞台でした。
石川博崇の実家と家族のルーツ
石川博崇さんの家族のルーツとして最もはっきりしている地域は、大阪府豊中市です。
1973年9月に豊中市で生まれ、庄内で育ちました。大人になった後も豊中市在住と公表しており、出生地だけではなく、長く生活の基盤となってきた地域です。
庄内は本人のプロフィールでも「庶民の街」と表現されています。子どものころは自宅と学校だけで生活が完結していたわけではなく、近所の大人たちにも見守られていました。
2022年の参院選後には、当選翌朝に地元の庄内駅へ立ち、地元の人たちにあいさつしています。国会議員になってからも庄内を「地元」と表現してきました。
「生まれ育った大阪に恩返しを」
2022年「ショートヒストリー」
出生地として大阪を掲げているだけでなく、「生まれ育った」という言葉で大阪との関係を語っているところに、長く暮らしてきた場所との距離の近さが表れています。
石川博崇はどんな子どもだった?
少年時代の石川博崇さんは、外で友だちと走り回る活発な子どもでした。
中学からは大阪府交野市にある関西創価学園へ通います。庄内の自宅から学校までは、片道およそ1時間40分。それでも、学校へ着くのはかなり早い時間でした。
高校時代は毎朝7時ごろに登校し、校内の清掃や勉強、剣道に取り組んでいたと紹介されています。
「校舎をきれいにすることは、自分の心を磨くこと」
石川ひろたか公式プロフィール
掃除は誰かに見せるための活動というより、自分で決めて続けていた習慣でした。学校行事でも目立つ役を選ぶのではなく、裏方作業に徹していたといいます。
早い時間に登校するだけなら数日でもできますが、長い通学時間を抱えながら高校3年間続けた点は、学生時代の生活リズムをよく表しています。
「何があっても負けない」
2022年「ショートヒストリー」
清掃、勉強、剣道を重ねた高校時代について、後の人物紹介ではこの言葉につながる原点として振り返られています。
石川博崇の学生時代は環境問題に夢中
大学へ進むと、石川博崇さんの行動範囲は一気に広がります。
創価大学では海洋生物を研究。一方、1992年にブラジル・リオデジャネイロで開かれた地球サミットの影響も受け、環境問題への関心を深めました。
全国の大学で環境活動をしていた学生たちと対話を重ね、1994年には全国規模の環境NGOの設立に参加しています。
米国で行われた環境保護活動には日本の学生代表として参加。学生のうちから、国内だけでなく海外の若者とも交流する生活を送っていました。
大学入学式にも少し変わったエピソードがあります。新入生代表として英語であいさつしたうえ、ドストエフスキーの『罪と罰』の一節をロシア語で引用したというものです。
のちにアラビア語を身につけて外交の現場へ進むことを考えると、学生時代から外国語や海外へ向く好奇心が強かったことが分かる出来事です。
2016年の人物紹介では、大学時代はアルバイトで学費を賄いながら環境保護活動に取り組んでいたことも紹介されています。研究、アルバイト、NGO活動を同時に進める学生生活でした。
石川博崇の若い頃は中東で生活
1996年に外務省へ入った石川博崇さんは、中東地域を担当することになります。
意外なのは、入省した時点ではアラビア語の知識がまったくなかったことです。
その後、シリアで約3年間生活し、ホームステイなどを経験しながらアラビア語を学習。言葉そのものだけでなく、現地の文化や背景を読み取る力も磨いていきました。
やがて歴代首相らの通訳を務めるまでになり、シリアやオマーンの日本大使館などで勤務。訪問・赴任した国と地域は約50に上ります。
2004年から約1年半は、イラク南部のサマーワで生活しました。学校や病院の修復、給水・浄水設備などに関わる人道復興支援の現場です。
日本とは言葉も気候も生活環境も異なる場所で、現地の人たちと直接向き合う日々を経験しました。
少年時代には友だちと庄内の街を走り回り、大学時代には環境活動で海外へ。そして20代から30代にかけては、中東各地で暮らすようになりました。活動範囲は大きく変わっても、人と直接会う生活が続いています。
石川博崇の人付き合いに表れる「現場」志向
外務省を退職した後も、石川博崇さんが繰り返し使ってきた言葉の一つが「現場」です。
「とにかく現場へ」
公明新聞 2015年11月12日
この言葉が紹介された2015年の記事では、全国各地を回り、人と直接話すスタイルが記されています。
政治家としての評価とは切り離して見ても、学生時代に各大学の環境サークルのメンバーと話し合ったこと、シリアでホームステイをしたこと、サマーワで復興支援に携わったことなど、人のいる場所へ入っていく経験は若い頃から続いています。
2017年10月、台風21号による被害を受けた大阪府岸和田市を訪れた際にも、その様子を本人の公式Xに投稿しています。
石川博崇のラジオは長寿番組
国会議員としては少し珍しい活動が、ラジオDJです。
FM大阪の「OSAKA TALKING HEADS」で松本雅子さんとDJを担当。番組ページでは毎週日曜日18時30分から19時の放送として案内されています。
番組の記録は2014年以前までさかのぼることができ、2014年9月には「放送200回」を迎えた記録も残っています。単発の出演ではなく、長くマイクの前に座ってきた活動です。
扱うテーマは国際情勢や暮らし、子育てなど幅広く、松本さんとの会話形式で進みます。街頭演説や国会答弁とは違い、毎週決まった時間に話を届けるという別の顔があります。
学生時代の入学式では英語でスピーチし、外務省ではアラビア語通訳、そしてラジオでは日本語でリスナーに語りかける。石川さんのこれまでを並べると、「話すこと」と「言葉」は長く身近なものだったことが分かります。
参議院・公明党公式プロフィールで確認できる経歴
参議院公式プロフィールと本人公式プロフィールでは、石川博崇さんは1973年9月12日、大阪府豊中市生まれ、創価大学工学部卒。1996年に外務省へ入り、イラク・サマーワなどで勤務し、中東・アラビア語の専門家として歴代総理の通訳も務めた経歴が確認できます。
本文で扱っている豊中・庄内での少年時代、学生時代の環境問題への関心、中東勤務は、現在の肩書きとは分けて若い頃の歩みとして紹介しています。
妻・息子は公開範囲を超えて追わない
妻と息子1人という家族構成は公開情報で確認できますが、妻や子どもの氏名・学校・勤務先などの個人情報は本人が広く公表していません。
そのため、この記事では家族構成と本人が自ら語った家庭・若い頃のエピソードまでに限定しています。
公式SNS・YouTubeは本人アカウントを登録
石川博崇さんは豊中市出身で、創価大学工学部を卒業後に外務省へ入り、中東地域やアラビア語に関わる経験を重ねました。家族については、本人が公表している範囲を中心に紹介しています。
石川博崇の性格・人柄と価値観
本人のプロフィールに繰り返し登場するのは、何かを決めたら継続する姿です。
片道1時間40分かけて学校へ通いながら早朝清掃を続けたこと。大学では研究やアルバイトと並行して環境活動に参加したこと。外務省では未経験だったアラビア語を身につけたこと。いずれも短期間で完結する話ではありません。
高校時代の清掃について、本人のヒューマンストーリーでは「一度決めたらやり遂げる力」とともに、「周囲のため、人のために行動する大切さや喜び」を学んだ出来事として紹介されています。
目立つ場所だけを好んでいたわけでもありません。学校行事では裏方作業に徹していたという学生時代の記録があります。
「“あの日”の感謝を一日たりとも忘れない」
公明新聞 2015年11月12日
この言葉は2010年に初当選した当時を振り返ったものです。本人が節目を語るとき、「自分が何をしたか」だけではなく、周囲から受けた支えへの感謝を言葉にする場面があります。
石川博崇の意外な一面は「言葉」の幅広さ
石川博崇さんの人物エピソードを並べると、意外に目立つのが言語との関わりです。
大学入学式では英語で新入生代表のあいさつを行い、ロシア語で文学作品を引用。その後は外務省でアラビア語を一から学び、通訳を務めました。
特にアラビア語は、入省時点で知識がなかったところから身につけたものです。現地で生活し、人と付き合いながら言葉と文化の両方を覚えていきました。
若い頃の様子や中東での経験は、本人の公式YouTube動画でもまとめられています。
豊中市庄内から始まった生活は、大学時代の環境活動を経て、シリア、オマーン、イラクなどへ広がっていきました。
高校では片道1時間40分の通学を続けながら早朝清掃と剣道に取り組み、大学では研究・アルバイト・環境活動を並行。外務省ではゼロからアラビア語を学びました。場所や役割は変わっても、長い時間をかけて一つのことを続ける経験が重なっています。学生時代から社会人まで、その積み重ねが続いています。
その一方で、今も生活の拠点として公表しているのは豊中市です。世界各地で過ごした若い頃と、生まれ育った大阪との長い付き合い。その両方を持っているのが石川博崇さんの特徴の一つです。庄内で過ごした少年時代から、中学・高校の長距離通学、大学での環境問題への関心、外務省での中東勤務へと生活範囲は大きく広がりました。海外勤務を経験した後も豊中とのつながりが続いていることは、本人公式プロフィールから確認できます。中学・高校時代には長い通学時間をかけながら学校へ通い、誰よりも早く着いて校内を掃除していたという本人のエピソードも残っています。大学では工学を学び、外務省入省後はアラビア語や中東地域に関わる仕事へ進みました。地元での少年時代と海外での勤務経験の両方が、若い頃の歩みとして確認できます。豊中とのつながりは現在まで続いています。少年時代の庄内、長距離通学、大学時代の環境活動、中東勤務という流れを一続きで見ると、地元と海外の両方が若い頃の経験として残っていることが分かります。
石川博崇氏の「本人の言葉」から素顔を見る
家族や学生時代、趣味、価値観などについて、 本人が実際に語った言葉から、 人物像をさらに詳しく見ていきます。
日々の情報発信で心掛けていること
再選後に感じた責任の重さ
皆様から頂いた期待と責任の重さに身の引き締まる思いでいっぱいです。
石川氏は再選後のプロフィールで、支持を受けたことを喜びだけでなく責任の重さとして受け止める心境を記しています。
初当選を振り返った人生の原点
- プロフィール 参議院議員 石川ひろたか オフィシャルウェブサイト 運営主体:石川ひろたか事務所/確認内容:生年月日、出生地、居住地、学校、外務省時代、庄内での少年時代、3人きょうだい、早朝清掃、大学時代、環境NGO、アラビア語、中東勤務。
- 石川 博崇(いしかわ ひろたか) 運営主体:参議院/確認内容:氏名読み、所属会派、選挙区、当選回数、生年月日、出生地、大学、外務省勤務、現在の参議院での役職等。
- 2016参院選 大阪選挙区 石川ひろたか 運営主体:公明党/確認内容:妻と息子1人の3人家族、大学時代のアルバイトと環境活動、外務省時代。
- 2016参院選に挑む党予定候補 石川ひろたか 運営主体:公明党/確認内容:家族構成、人物発言、大学時代、外務省時代、現場を重視する行動について。
- 生まれ育った大阪に恩返しを 運営主体:公明党所属地方議員公式サイト/確認内容:3人きょうだいの長男、両親、剣道、早朝登校、大学入学式、環境NGO、米国での環境活動、シリアでの生活。
- OSAKA TALKING HEADS 運営主体:FM大阪/確認内容:石川ひろたか氏が松本雅子氏とDJを務めること、毎週日曜18時30分~19時の番組であること、過去の放送記録。
- 参議院議員 石川ひろたか オフィシャルウェブサイト 運営主体:石川ひろたか事務所/確認内容:公式サイト、公式Xへの導線、公式YouTube、2024年10月からの党役職。
- 台風21号・岸和田市被災地訪問に関する本人X 運営主体:石川博崇公式X/確認内容:2017年10月25日の本人公式X投稿URLと現場訪問。個別URLは転載資料上でも確認。
- 参議院議員石川ひろたか YouTubeチャンネル 運営主体:石川ひろたか事務所/確認内容:本人公式YouTubeチャンネル。本人公式サイトの記事から同一チャンネルIDへの案内を確認。











































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