舟山康江の夫・家族構成は?娘2人・息子1人、若い頃や趣味も紹介

舟山康江
ひと目でわかるプロフィール 舟山康江
ふなやまやすえ
生年月日
1966年5月26日
出生地
埼玉県
血液型
AB型
星座
ふたご座
干支
午年
最終学歴
北海道大学農学部農業経済学科
主な前職
会社経営者・官僚・国家公務員
学生時代の部活動
サイクリング部・合気道・陸上部
趣味・好きなこと
クラシック音楽・サイクリング・山登り・犬との散歩
特技
合気道(二段取得)

舟山康江さんは、山形県選挙区選出の参議院議員です。国会では農林水産分野などを担当し、2026年9月時点では国民民主党の参議院議員会長を務めています。

一方、家庭に戻ると自分を「弱い立場」と笑い、娘のお下がりのスマートフォンを使う母親でもあります。夫との出会い、3人の子ども、雪深い小国町での暮らしから、国会での姿とは違う舟山さんの日常をたどります。

山登りやサイクリング、愛犬モモとの散歩、クラシック音楽も日常の楽しみとして挙げています。

舟山康江さんの素顔がわかる3つのポイント
  1. 東京と山形を往復しながら、小国町の家族に支えられている。
  2. 子どもの頃は泣き虫で優等生タイプ。小学校では学級委員長を務めた。
  3. 子どもの頃は泣き虫。高校同級生から正義感の強さを指摘されていた。

舟山康江の家族構成

舟山康江の家族構成 家族・結婚・子ども
兄弟姉妹
妹1人
結婚
既婚
子ども
息子1人・娘2人

夫とは予備校時代に知り合った

舟山さんと夫が知り合ったのは予備校時代です。その後、舟山さんは北海道大学を卒業して農林水産省に入り、夫とはそれぞれの時間を過ごしたのちに結婚しました。

2000年に結婚し、夫の地元である山形県小国町へ移住。10年間勤めた農林水産省を退職し、夫が経営していた燃料・設備関係の会社で働き始めます。

会社では専務を務め、ガス関係や危険物の資格も取得しました。行政の職場から雪国の民間企業へと生活が大きく変わり、雪かきも日常の一部になりました。

小国町へ移ってからの約4年間について、本人は子どもにも恵まれ、穏やかに暮らしていた時期だったと振り返っています。国政へ進む前には、会社の仕事と子育てを中心とした生活がありました。

娘2人・息子1人の3人の子ども

舟山さんには息子1人と娘2人、合わせて3人の子どもがいます。現在の家庭については、夫、3人の子ども、義母、保護犬のモモと紹介しています。

国会議員となってからは東京と山形を行き来する生活が続きました。本人は、子育てと仕事を両立できた背景に家族や周囲の支えがあり、子どもたちも事情を理解してくれていたと振り返っています。

3人目の子どもを授かった時期には、政治活動を辞めようと考えたこともありました。そのときに言葉をかけたのが、後に「政治の師」と呼ぶ鹿野道彦さんです。この出来事は、家族を育てる時間と政治活動が重なった舟山さんの人生を語るうえで欠かせない場面になっています。

娘のお下がりスマホを使う母

家庭での舟山さんには、国会で見せる姿とは違うエピソードがあります。デジタル機器はあまり得意ではなく、娘が以前使っていたスマートフォンを譲ってもらい、使い方まで教えてもらったことがあるそうです。

東京へ出て留守にする時間が多いこともあり、家では夫や子どもたちに助けられる側になることが多いといいます。

家族の中では弱い立場ですね 笑

出典:舟山やすえ公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)

家族に頭が上がらず、「舟山家の中での発言力は年々下がる一方」と冗談交じりに話す姿も、本人が紹介している家庭での日常です。

舟山康江の実家と家族のルーツ

舟山康江の実家・自宅・家族のルーツ
育った家庭や暮らしから見える人物像
実家・家族のルーツ地域
北海道・埼玉県・山形県
実家・家庭環境
埼玉県越谷市で父母・妹の4人家族。夏休みは北海道旭川市の母方の実家で過ごした。
自宅・暮らし
山形県小国町を拠点に、夫・子ども3人・義母・保護犬モモと暮らす。

越谷市で父・母・妹と暮らした子ども時代

舟山さんは1966年、埼玉県越谷市で生まれました。家庭は父、母、妹との4人家族。母は厳格で、幼い舟山さんは曲がったことを見過ごせない一方、泣き虫な子どもだったと振り返っています。

小学校では学級委員長を務め、中学校では陸上部に入りました。勉強も比較的得意で、自分でも当時を「優等生タイプ」と表現しています。

2024年に公開された対談では、子どもの頃に「泣き虫やっちゃん」と呼ばれていたことも紹介されました。後に人前で発言する仕事へ進む姿からは少し想像しにくい幼少期です。

夏休みは北海道旭川市の農家へ

毎年楽しみにしていたのが、北海道旭川市にある母方の実家で過ごす夏休みでした。祖父母は農家で、米や野菜を育て、リヤカーに積んで街へ売りに行っていました。

舟山さんは山や緑の中を駆け回り、祖父母の農作業を身近に見て過ごしました。埼玉での日常とは違う北海道の自然と農家の暮らしが、農業を身近なものにした原風景になっています。

大人になってからも、農作物ができるまでの作業へ実際に入る場面があります。

舟山康江の若い頃|高校での挫折と体育会系の大学生活

高校では初めて自信を失った

中学校までは勉強もスポーツも順調だった舟山さんですが、進学校へ入ると状況が変わりました。周囲には勉強だけでなく、スポーツや音楽まで得意な同級生が多く、自信を失ったといいます。

「超」落ちこぼれの高校生でした。

出典:舟山やすえ公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)

成績が振るわない時期を過ごす一方、社会へ目を向けるきっかけも高校時代にありました。当時大きく報じられていたアフリカの飢餓問題やチャリティー活動に触れ、食料や農業の問題に関心を深めていきます。

また、陸上部で足を痛めたことをきっかけにサイクリング部へ転向しました。自転車は何十年も後、東京で再び楽しむ趣味になります。

大学では合気道に打ち込む体育会系

高校卒業後は1年間の予備校生活を経て北海道大学へ進学しました。農業分野を志望していましたが、学科配属では第五志望だった農業経済学科に進むことになったそうです。

大学時代に力を注いだのは勉強だけではありません。合気道と体育会本部の活動に熱中する、かなりの体育会系学生でした。

合気道は二段を取得。体育会の仲間との飲み会にも頻繁に参加し、本人によれば周囲の猛者の中でもかなり酒を飲む方だったそうです。高校時代に失った自信とはまた違う、活発な学生生活を送っていました。

農業経済を学ぶ中では、懸命に働く農家が経営面で苦労する姿にも目が向くようになります。子どもの頃に身近だった「農業」が、大学では社会や制度を考える対象へと変わっていきました。

若い頃は仕事のあとにも先輩と飲みに行った

大学卒業後に入った農林水産省では、最初に経済局国際部へ配属されました。国会答弁用の原稿づくりなどを任され、深夜まで仕事が続くことも珍しくなかったといいます。

それでも仕事が終わると、先輩たちと居酒屋へ向かうことがありました。翌朝はまた早く職場へ向かう生活でしたが、普段は話す機会の少ない先輩と本音で語れた時間を、後になって貴重な経験だったと振り返っています。

舟山康江を支えた友人・恩師

高校の同級生とは今も続く関係

高校で成績に悩んでいた舟山さんを、同級生は別の部分で見ていました。特に覚えられていたのが、曲がったことを見過ごせない強い正義感です。

大人になってからも同級生と会う機会があり、その頃の話でからかわれることがあるそうです。若い頃を知る友人との関係が長く続いています。

鹿野道彦が自宅で1時間半正座した

小国町で会社員と子育ての生活を送っていた舟山さんの自宅を、鹿野道彦さんが訪ねたことがあります。国政への挑戦を勧めるためでした。

鹿野さんは約1時間半、正座したまま目を見て話し続けました。それでも舟山さんは当初、誘いを断るつもりだったといいます。

その志は捨てたんですか?

出典:舟山やすえ公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)

農業を変えたいと考えて農林水産省に入った自分を思い返すきっかけとなった言葉でした。後に3人目の子どもを授かり、活動を辞めようとした時にも、鹿野さんはまず無事な出産だけを考えるよう声をかけています。

かつての対立候補・岸宏一も政治の師に

もう一人、舟山さんが政治の師として名前を挙げるのが岸宏一さんです。2004年の初挑戦では対立候補でしたが、舟山さんが国会へ入ってからは党派を越えて指導を受ける関係になりました。

岸さんが2016年の選挙を前に勇退した後、舟山さんは岸さんが使っていた事務所を引き継ぎました。選挙では向き合った相手から、その後に教えを受けるという関係でした。

舟山康江の趣味・好きなもの

舟山康江の好きなもの・休日
趣味・好きなこと
クラシック音楽・サイクリング・山登り・犬との散歩
趣味の詳細
山登り・サイクリング・愛犬モモとの散歩・クラシック音楽
好きなもの
ベートーベン、交響曲第6番「田園」、交響曲第5番「運命」第2楽章
ペット・動物
保護犬モモ
あだ名・愛称
泣き虫やっちゃん
休日の過ごし方
山登り・サイクリング・愛犬モモとの散歩

山登りとサイクリング

舟山さんが挙げている趣味は、山登り、サイクリング、愛犬モモとの散歩、クラシック音楽です。活動的な趣味と、自宅で音楽を楽しむ時間の両方があります。

山登りは以前から好きですが、忙しさや体力の変化もあり、行く機会は少なくなっているそうです。それでも本人は再開したい趣味として名前を挙げています。

サイクリングは高校時代にも経験していましたが、再び乗るようになったのはコロナ禍でした。山形との往来が制限されていた時期、東京で自転車に乗り始めています。

保護犬モモとの散歩が癒やし

小国町の家には保護犬だったモモがいます。県内各地を移動し、東京との行き来も多い舟山さんにとって、家へ戻った時にモモと歩く時間は気分を切り替えられるひとときです。

本人によると、体を動かしていると仕事のアイデアが浮かぶこともあるそうです。完全に頭を空っぽにするというより、散歩や自転車の最中に考えが動き出すタイプのようです。

動物との接点は、愛犬との散歩だけではありません。

ベートーベンを大きな音で聴く

音楽ではクラシックをよく聴き、特にベートーベンが好きだと話しています。よく聴く作品は、交響曲第6番「田園」と、交響曲第5番「運命」の第2楽章です。

小国町の自宅周辺は家が密集していないため、音量をかなり上げて楽しむこともあるそうです。静かな雪国の家でベートーベンを大きく流すというのも、舟山さんの私生活にある一場面です。

舟山康江の性格・人柄と私生活

舟山康江の人柄・私生活
性格・価値観・人間関係から見える素顔
性格・人柄
子どもの頃は泣き虫。高校同級生から正義感の強さを指摘されていた。
私生活・日常
東京と山形を往復しながら、小国町の家族に支えられている。
価値観・人生観
一度きりの人生なら、迷っても進み、多くを経験することを大切にする。
交友関係・人間関係
高校時代の同級生との交流が続き、鹿野道彦・岸宏一を政治の師としている。
意外な一面・こだわり
家では「弱い立場」と自称。合気道二段の体育会系。

自分の失敗も笑いながら話す

舟山さんのインタビューでは、うまくいった出来事だけでなく、成績が振るわなかった高校時代や、思うようにならなかった進路、選挙での落選なども隠さず話題にしています。

2023年に浅野哲さんとの対談で、それまでの挑戦を自分で数えた時も表現は率直でした。

3勝2敗でやっと勝ち越した

出典:浅野さとしOfficial Site「舟山やすえ参議院議員と政治塾について語る」(2023年5月12日)

政治家としての結果を「勝ち越し」と表現する語り口は、家での立場を笑い話にする時と共通しています。自分自身を必要以上に大きく見せない話し方が、本人インタビューではたびたび登場します。

山形では人や現場に直接会う

国会のない日には山形県内の地域や生産現場を回ることが多く、公式Xにもその日の風景が残っています。農家、漁港、地域行事など、訪れる場所はさまざまです。

冬になると、同じ県内移動でも景色は一変します。豪雪地帯の山形では、雪そのものが毎日の移動や暮らしの背景になります。

役職より「現場」を身近に置く

農林水産省にいた若い頃から、結婚後の小国町での生活、JA女性部での活動まで、舟山さんは農業や地域の現場と接する期間を長く過ごしてきました。

2026年にも、生産者を訪ねて実際の作業や地域の状況を見る日があります。

舟山康江が大切にしている考え

子育てをしながら活動を続けてきたことについて、舟山さんは家族や周囲の支えがあったと話しています。そのうえで、自分の選択について繰り返し語っているのが「一度きりの人生」という考え方です。

迷う場面があっても、何もしなかったことを悔やむより、進んで経験したうえで後悔する方を選びたいというのが本人の言葉です。予備校、大学、農林水産省、小国町での会社員生活、子育てと、生活の場所や立場が変わるたびに新しい経験を重ねてきました。

2026年5月には、自身が所属する国民民主党の姿勢を説明する際にも、短い言葉で考え方を表しています。

正直で偏らない、現実的な政治を目指す

出典:国民民主党「舟山参議院議員会長が徳島県で街頭演説」(2026年5月24日)

家では娘にスマートフォンを教わり、時間があれば自転車に乗り、モモと歩き、ベートーベンを聴く。公の場とは違う時間を持ちながら、自分で経験することを大切にしている人です。

舟山康江氏の「本人の言葉」から素顔を見る

家族や学生時代、趣味、価値観などについて、 本人が実際に語った言葉から、 人物像をさらに詳しく見ていきます。

本人の言葉を深掘り

大学時代は体育会系で大酒飲み

2026年9月27日 舟山やすえ公式サイト「プロフィール」(2026年9月27日確認)
猛者揃いの体育会の仲間の中でも、大酒飲みの方でしたね 笑
この発言で語っていること

舟山氏は大学時代、合気道と体育会本部の活動に熱中し、体育会の仲間の中でもよく飲む方だったと振り返っています。

元の発言を確認する

官僚時代の「味のある字」の思い出

2026年9月27日 舟山やすえ公式サイト「プロフィール」(2026年9月27日確認)
当時の上司が、汚い・・・ではなくて、味のある字で書いた原稿を清書したりしたことも、今ではいい思い出です。
この発言で語っていること

農林水産省時代、国会答弁作りの中で上司の手書き原稿を清書していたことを、ユーモアを交えて思い出として紹介しています。

元の発言を確認する

幼少期は意外にも泣き虫

舟山やすえ公式サイト「プロフィール」
今の私からは想像できないと言われそうですが、実は泣き虫でした。
この発言で語っていること

舟山氏は幼少期を振り返り、厳格な母に育てられ正義感の強い子どもだった一方、実は泣き虫だったと本人公式プロフィールで語っています。

元の発言を確認する
参考・出典
この記事で参照した主な資料
公式・公的資料
その他の資料
素顔データ最終確認日 2026年9月17日
この記事の更新履歴
  • 「本人の言葉」から素顔を見るセクションを追加
  • 夫・子ども・実家・若い頃・趣味・私生活・公式SNS・最新党役職等を確認し、新規記事を作成。

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