阿達雅志さんの人物像をたどると、政治の場で見せる姿とはまた違ったエピソードがいくつもあります。家族との関係、雪の中で遊んだ幼少期、片道1時間の通学、大学で熱中した山登り、長く続けている剣道、そして仕事をきっかけに深くなった鉄道への思いまで、かなり多彩です。
海外で暮らした時期も長く、若い頃にできた外国人の友人とはその後も交流が続いています。ここでは、家族や子ども時代、学生時代、趣味、友人関係などから、阿達雅志さんの素顔を見ていきます。
- 家族は妻・息子です。
- 福井大豪雪では屋根の傾斜でそり遊び。高槻では田んぼや沢で遊んで育った。
- 街に出て人の話を聞き、現実を見ることを判断の基本にすると本人が説明。
阿達雅志の家族構成
妻・阿達実花は佐藤信二の娘、佐藤栄作の孫
阿達雅志さんの妻は阿達実花さんです。実花さんの父は元衆議院議員の佐藤信二さん、祖父は元首相の佐藤栄作さんです。
実花さんは2024年、祖父・佐藤栄作さんとの思い出を文章にしています。子どもの頃は週末になると祖父の自宅や首相公邸で一緒に食事をし、夏休みには軽井沢の別荘でキノコを採ったり、花火をしたりしていたそうです。
「優しいおじいちゃま」
出典:文藝春秋PLUS「佐藤栄作 祖父の笑い声」(2024年12月9日)
阿達さんの人生でも、妻の父・佐藤信二さんとの関係は大きな転機になりました。2000年夏、総選挙で落選した佐藤さんが再起を目指すことになり、阿達さんは手伝いを頼まれます。
そこで、17年半勤めた住友商事を退職。義父の活動を支える側へ回りました。長く民間企業で働いてきた阿達さんにとって、それまでとは環境が大きく変わる出来事でした。
「ビジネスとは全く違う世界に驚きの連続でした。」
出典:阿達雅志公式サイト「プロフィール・エピソード」(2026年9月26日確認)
家族のつながりが、仕事の環境まで大きく変えるきっかけになった時期でした。
18歳だった息子との会話を一冊の本に
阿達雅志さんには息子がいます。親子の関係を具体的に知ることができるのが、2015年11月に刊行された『政治家になった父から18歳の息子へ わが家の主権者教育』です。
この本は、当時18歳だった息子と父親である阿達さんが実際に交わした会話をもとに作られました。難しいテーマを一方的に教える形ではなく、息子から出てくる素朴な疑問に父親が答えていく構成になっています。
家庭で交わしていた父子の会話が、そのまま一冊の本につながったというのは、阿達さんの家族を知るうえで印象的なエピソードです。
阿達雅志の実家と家族のルーツ
阿達雅志さんは1959年、京都市左京区北白川で生まれました。その後は父親の転勤に伴い、福井市、大阪府堺市、高槻市と住む場所が変わっています。
そのため、子ども時代の思い出には京都だけでなく、福井と大阪での暮らしも登場します。出生地は京都府ですが、幼い頃から複数の土地で生活した人物です。
「阿達雅志」と「山口県」のつながりでは、妻側の家族関係もあります。妻・実花さんの祖父である佐藤栄作元首相は山口県出身です。阿達さん本人は京都生まれで福井・大阪育ちなので、山口県は本人の出生地ではなく、妻の佐藤家を通じたつながりとして見ると分かりやすいでしょう。
阿達雅志の子ども時代と若い頃
福井大豪雪では屋根の傾斜でそり遊び
物心がつく頃には福井で暮らしていました。本人が今でもはっきり覚えているというのが、1963年の福井大豪雪です。
雪は家の1階部分がほぼ埋まるほど積もりました。それほどの豪雪でしたが、子どもの阿達さんにとっては遊び場でもあり、雪に埋まった家の屋根の傾斜を使ってそり遊びをしていたそうです。
その後は大阪府堺市の浜寺へ転居。小学校は家から歩いて3分ほどの近さで、始業前のチャイムが聞こえてから走って学校へ駆け込むこともありました。
高槻では田んぼに寄り道しながら下校
小学3年生になると大阪府高槻市へ移りました。学校までは田舎道を約40分。朝は集団登校でしたが、帰り道は同級生と田んぼで遊び、2時間ほどかけて帰る日もあったと振り返っています。
夏には近くの沢まで自転車で出かけて水遊び。京都・福井・堺・高槻と生活する場所が変わる中で、それぞれの土地に子ども時代の思い出が残っています。
洛星中高は片道1時間、剣道部にも所属
中学・高校時代は、高槻の自宅から京都の洛星中学校・高等学校へ通いました。阪急電車と市電を乗り継ぎ、片道約1時間の通学です。
中学1年から高校1年までは剣道部に所属しました。初段審査を受けた場所は、高段者の大会でも使われる京都武徳殿。本人は後に、この状況を少年野球の入部テストを甲子園で受けるようなものだったと振り返っています。
友人とは京都祇園会館へ映画を見に行くこともありました。住んでいたのは高槻でしたが、友人との付き合いの中で京都弁が身につき、生まれも京都であることから本人は「京都人」と称しています。
大学では山登りに熱中して1年留年
1978年に大学進学とともに東京で暮らし始めると、「山の会」というサークルに参加しました。
山への熱中ぶりはかなりのもので、法学部へ進んだものの、山登りに忙しく1年留年したと本人が明かしています。趣味としての登山は、学生時代だけで終わりませんでした。
公式プロフィールで分かる若い頃と仕事
阿達雅志さんの本人公式サイトと首相官邸の過去プロフィールでは、1959年9月27日京都市生まれ、東京大学法学部卒業後に住友商事へ入社し、ニューヨーク大学ロースクールへ留学してニューヨーク州弁護士資格を取得したことが確認できます。
住友商事ではニューヨークや北京でも勤務し、その後は法律事務所、大学、研究機関などで働きました。本文の海外生活や鉄道、山歩きのエピソードは、こうした本人公式の経歴とは別に、人物史として紹介しています。
妻・息子は公表された範囲まで
妻・阿達実花さんとの関係や息子がいることは、本人の著書・公式情報などで確認できます。一方、息子の現在の勤務先や私生活など、公表されていない内容は追加していません。
記事内の動画は自民党公式の本人質疑
記事内のYouTubeは、自民党公式チャンネルが公開した参議院予算委員会での阿達雅志さん本人の質疑動画です。妻・息子、商社勤務、ニューヨーク大学留学、剣道、山歩き、鉄道などの人物情報は、本人公式サイトや公的プロフィールをもとに紹介しています。妻・阿達実花さんの父である佐藤信二さんとの関係は、阿達さんの人生の転機にもつながりました。一方で本人自身は京都生まれ、福井・大阪育ちで、商社勤務や米国留学を経験しています。家族側の政治家一族とのつながりと、本人自身の若い頃の経歴は分けて見る必要があります。商社勤務、ニューヨーク大学留学、剣道、山歩き、鉄道といった本人自身の経験は、妻側の家系とは別に公式プロフィールで確認できます。家族関係だけに寄せず、本人の学生時代や仕事、趣味もあわせて紹介しています。
阿達雅志の趣味・好きなもの
剣道は五段、学生時代から長く続く趣味
2025年3月時点で挙げている趣味は、剣道、山歩き、自転車です。中高時代に取り組んだ剣道は、その後も長く続けています。
2020年には剣道五段の審査に合格。国土交通大臣杯争奪戦の剣道大会では大将として出場したこともあります。学生時代の部活動が、何十年も続く趣味になっています。
日本百名山は67座を登頂
山歩きも本格的です。大学卒業後に登った山まで含めると、深田久弥の「日本百名山」のうち67座に登っています。
残る山はアクセスしにくい場所も多く、時間的には簡単ではないとしながらも、本人はこんな言葉を残しています。
「百名山制覇はまだ諦めていません」
出典:阿達雅志公式サイト「プロフィール・エピソード」(2026年9月26日確認)
学生時代に始めた登山が、長く続く目標になっています。
鉄道は「見る」だけでなく「売る・作る」
阿達雅志さんのもう一つの大きな関心が鉄道です。ただし、鉄道との本格的な出会いは子どもの頃の趣味ではなく、社会人になってからでした。
1983年に住友商事へ入社すると、北米向け鉄道車両の輸出プロジェクトを担当。さらにニューヨーク州では、落書きだらけだった地下鉄車両を新車同様に修理するプロジェクトに携わり、工場づくりから部品調達、修理、検査まで経験しています。
最終的には400両を納入。単に鉄道を見るのではなく、車両を売り、実際の製造・修理の現場にも深く関わった経験から、自らの鉄道好きについて独特の表現を使っています。
「私の自慢は売り鉄・作り鉄であったことです。」
この言葉の背景には、商社マン時代の実務経験があります。1986年には、落書きだらけになっていたニューヨーク地下鉄車両を新車同様に修理するプロジェクトを受注し、現地へ駐在。ニューヨーク州北部のエルマイラで工場を整備し、部品の買い付けから修理、検査まで関わりました。
最終的には400両を納入し、その後はブルックリンで品質保証や契約の事後処理にも携わったと本人公式サイトで振り返っています。単に鉄道が好きというより、実際に車両ビジネスの現場へ深く入った経験が「売り鉄・作り鉄」という自己紹介につながっています。
出典:阿達雅志公式サイト「活動アルバム-鉄道編-」(2026年9月26日確認)
公式サイトには大宮の鉄道博物館や各地の鉄道車両を訪れた写真も掲載されており、仕事として鉄道に関わった経験が、その後も続く関心につながっています。
阿達雅志の友人・母校とのつながり
ニューヨーク大学時代の友人と交流が続く
米国での鉄道プロジェクトを終えた後、阿達さんは会社派遣でニューヨーク大学ロースクールへ2年間留学しました。
そこで親しくなった米国人学生や世界各国からの留学生とは、留学終了後も付き合いが続いています。学校を修了して終わりではなく、当時築いた人間関係がその後も残りました。
授業選びも少し独特でした。当時の企業派遣留学生が選ぶことの多かった独占禁止法や特許法ではなく、「ホワイト・カラー犯罪」「イスラム法」といったコースを選択しています。
卒業後も続く洛星とのつながり
母校・洛星との縁も長く続いています。2021年9月には、元洛星中学校・高等学校校長のゲェタン・ラバディ神父が旭日小綬章を受章した際の伝達式にオンラインで参加しました。
式には学校関係者や同窓生らが参加し、阿達さん自身も同窓会向けの報告文を寄せています。卒業から長い年月がたっても、母校との接点が残っていることが分かる一場面です。
阿達雅志の性格・人柄と私生活
米国5000kmをレンタカーで走った若手時代
若い会社員時代には、米国内のメーカーを探すため、サンフランシスコからニューヨークまで約5000kmをレンタカーで移動したことがあります。
期間は約1か月半。町工場のような企業を100社近く訪ねました。本人は当時、英語にかなり苦労したと振り返っていますが、毎日の実戦を重ねるうちに気後れしなくなったといいます。
この頃は月の残業時間が200時間近くになることもあったそうです。本人は夢中で取り組んでいたため苦にならなかったと振り返る一方、今なら認められない働き方だとも記しています。
知らない土地へ入り、自分で相手を訪ね、現場で経験を積んでいったという若い頃の具体的な姿が残っています。
「グローバル」「伝統」「人間力」を掲げる
阿達さんが掲げている言葉は「グローバル」「伝統」「人間力」の3つです。
海外で鉄道ビジネスや法律実務に携わった一方、日本の文化や伝統を未来へ伝えることも重視しています。「人間力」については、机の上だけではなく、人の話を聞いて現実を見る姿勢と結びつけています。
「いつも街に出て、その中で感じることを、すべての判断の基本としています。」
出典:阿達雅志公式サイト(2026年9月26日確認)
海外での経験が長いこと、京都の友人との付き合いから京都弁になったこと、学生時代の山登りを今も続けていること。阿達さんのプロフィールには、時期の違う経験がその後まで続いている例がいくつもあります。
阿達雅志の話し方を動画で見る
阿達雅志さんが長い時間、自分の言葉で話している映像として、2025年11月12日の参議院予算委員会での質疑があります。発言のテンポや質問の進め方を動画で確認できます。
阿達雅志氏の「本人の言葉」から素顔を見る
家族や学生時代、趣味、価値観などについて、 本人が実際に語った言葉から、 人物像をさらに詳しく見ていきます。
学生時代は京都の映画館へ
京都祇園会館という映画館にも良くみんなで行きました。
阿達氏は中学・高校時代、友人たちと京都祇園会館へ映画を見に行っていた思い出を公式プロフィールで紹介しています。
若手商社マン時代は仕事に夢中
この頃、一か月の残業時間が200時間近いこともありましたが、全く苦にならず夢中で頑張ったものです。
阿達氏は住友商事で鉄道車両の仕事に取り組んでいた若手時代、非常に長い残業時間でも夢中で働いていたと振り返っています。
妻とは違う立場の声から学ぶ
私の妻も専業主婦なので、こうやって森本さんにお話を伺ったりする事は非常に勉強になります。
阿達氏は、妻が専業主婦である自分の家庭だけでは働く母親の日常を実感しにくいと認め、当事者の話を直接聞くことが勉強になると語っています。
- 阿達雅志公式サイト 運営主体:阿達雅志事務所/確認内容:出生地、父の転勤、子ども時代、学生時代、剣道、登山、海外生活、友人、義父とのエピソード、趣味。
- 阿達雅志プロフィール 運営主体:参議院/確認内容:氏名、生年月日、出生地、学歴、当選回数、2026年の参議院所属委員会。
- 参議院議員 阿達雅志 運営主体:自由民主党/確認内容:2026年9月時点の主な役職、比例代表、当選回数、生年月日、主要前職。
- 活動アルバム-鉄道編- 運営主体:阿達雅志事務所/確認内容:鉄道との出会い、鉄道車両ビジネス、「売り鉄・作り鉄」という本人の表現。
- 第62代 佐藤榮作 運営主体:首相官邸/確認内容:佐藤栄作元首相の出身地が山口県であること。
- ゲェタン・ラバディ神父様 旭日小綬章 叙勲伝達式 運営主体:ヴィアトール学園 洛星同窓会/確認内容:2021年に阿達雅志氏が元洛星校長の叙勲伝達式へオンライン参加し、報告文を寄せたこと。
- 【全編】参議院予算委員会 #阿達雅志 参議院議員(2025.11.12) 運営主体:自由民主党/確認内容:阿達雅志氏本人による2025年11月12日の参議院予算委員会質疑。
- 政治家になった父から18歳の息子へ 運営主体:PHP研究所/確認内容:2015年11月20日刊行、当時18歳だった息子との実際の会話をもとにした書籍であること。
- 佐藤栄作 祖父の笑い声 運営主体:文藝春秋/確認内容:阿達実花氏が阿達雅志氏の妻で、佐藤栄作氏の孫であること、実花氏の祖父との思い出。














































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