公明党の参議院議員で、医師でもある秋野公造さん。本人のプロフィールには、妻と一男二女の5人家族と記されています。
家庭では3人の子どもの父親でもあり、長女との二人暮らしで料理を担当したこともあります。趣味ではサイクリングを長男と楽しみ、45歳から始めた剣道は五段。仕事とは少し離れたところにも、具体的なエピソードが数多く残っています。
長女が中学1年生で上京した際、秋野公造さんは東京で娘と二人暮らしをし、朝5時半から朝食と夕食を作っていました。大学1年時には13人が暮らす下宿で生活し、先輩との交流も長く続いています。好きな映画として『レッドクリフ』を挙げる一面もあります。
- 長女が中学1年生で上京した際、東京で二人暮らしをし、朝5時半から朝食と夕食を作っていた。
- 喘息とアトピーに悩み、人見知りが激しく内気な少年だった。
- 45歳から始めた剣道を現在も続け、五段を取得。範士八段の師から稽古を受け続けている。
秋野公造の家族構成
秋野公造さんには妻と3人の子どもがいます。子どもは長女・長男・次女の順で、2010年のインタビューでは当時6歳、4歳、2歳だったと本人が話していました。
議員になって各地を飛び回るようになってからは、子どもと接する時間が短くなった一方、会える時間を大切にしようとしてきました。長女との生活や長男との活動には、その時々の過ごし方が具体的に残されています。
秋野公造の妻はどんな人?
妻について、秋野さん自身が具体的に語っている記録の一つが2010年のインタビューです。当時、妻も自分と同じ医師だと紹介していました。
妻も私と同じ医師です。
出典:NetIB-News「医療の現場から国政へ 『医療と平和を守りたい』~秋野公造氏に聞く~(1)」(2010年5月24日)
妻との話は過去のインタビューだけではありません。2026年6月には「秋野公造とみんなの健康会議」で、妻をゲストに迎えた動画が公開されました。
その動画を紹介した時の本人のXでは、上京を控えた週末に妻と一緒にいられる時間がごく限られている様子も記しています。長く公務で東京と九州を行き来する生活の中で、夫婦が一緒に過ごす時間の一端が見える投稿でした。
医師同士の夫婦|2026年には妻と健康番組へ
秋野さんは2010年のインタビューで、妻も医師であることを明かしています。2026年には、本人が出演する「秋野公造とみんなの健康会議」に妻がゲストとして登場しました。
この回のテーマは、子どもの急な発熱や家族の異変で救急車を呼ぶか迷ったときの判断です。本人のXでも「ゲストは地元・福岡で頑張ってくれている妻」と紹介されており、記事に埋め込んでいる動画は秋野さん本人と妻に関係する内容だと確認できます。
動画を紹介した投稿では、その週と翌週を通して妻と一緒にいられる時間がほとんどなく、上京前の限られた時間だったことも書いています。国会のある東京と地元を行き来する生活の中で、夫婦が同じ医療職でありながら、日常では一緒に過ごす時間が限られる時期もあることが分かります。
妻の氏名や勤務先など、本人が公表していない情報についてはここでは扱いません。公開情報として確認できる「妻も医師」「一男二女の5人家族」「2026年に本人の健康番組へ出演」という範囲にとどめます。
家族情報は時期によって更新される可能性があるため、現在の家族構成は本人公式プロフィール、過去の具体的なエピソードは当時の本人発言や公式ストーリーと、情報の時点を分けて確認しています。
秋野公造と3人の子ども
長女とは東京で二人暮らし
長女が中学1年生で上京した時期には、東京の議員宿舎で父娘二人の生活をしていました。部活動をしていた長女に合わせ、秋野さんが食事を担当しています。
朝5時半に起きて朝食と夕食を作り、金曜日には6食分を冷蔵庫へ準備してから週末の九州へ向かっていました。もともと料理経験はほとんどなかったものの、長女は作った料理をすべて食べてくれたそうです。
手を掛けることの重要性を長女に教わりました。
出典:あきの公造オフィシャルサイト「あきの公造ストーリー」(公開日記載なし)
長男とはサイクリングや沖縄で時間を重ねる
長男とはサイクリングを一緒に始め、時には95キロ、高低差400メートルほどのコースを走ってきました。大会にも親子で参加しています。
もう一つ長く続いているのが、沖縄戦の遺骨収容への参加です。2025年8月の本人ブログでは、長男が10歳の頃から毎年同行してきたことを書いています。
長男は10歳から毎年、今年で11回目。
出典:秋野公造ブログ「具志堅隆松さんと打ち合わせ」(2025年8月16日)
家族構成には次女も含まれています。3人の子どものうち、公開されている具体的な親子のエピソードは長女と長男について特に多く残されています。
次女については、本人の現在の公式プロフィールで一男二女の家族構成が確認できる一方、長女や長男ほど具体的な私生活のエピソードは公表されていません。そのため、氏名や学校など公開されていない情報を補うことはせず、本人が明らかにしている範囲だけを扱います。
秋野公造の実家と家族のルーツ
秋野さんは1967年7月11日、兵庫県神戸市須磨区で秋野家の長男として生まれました。2010年の本人インタビューでは、父親の仕事を貿易商と紹介しています。
母は明子(トシコ)さん。幼い頃に兄を長崎の原爆で亡くし、満州からの引き揚げも経験しました。引き揚げの途中には、幼い妹2人を栄養失調で亡くしています。
母が体験したのは、原爆による家族との死別と、終戦後の引き揚げの両方でした。秋野さん本人の公式ストーリーでも、母の体験は家族の歴史として詳しく紹介されています。
母の体験を聞いて育った家庭
秋野公造さんの家族の歴史で大きいのが、母・明子さんの戦争体験です。本人の公式ストーリーと2010年のインタビューでは、母が幼い頃に長崎の原爆で兄を亡くし、その後は満州からの引き揚げも経験したことが紹介されています。
引き揚げの途中では、幼い妹2人を栄養失調で亡くしました。秋野さんは、そうした経験を持つ母から平和への思いを聞いて育ったと語っています。
「平和への思いが人一倍強い母に育てられました」
出典:NetIB-News 秋野公造氏インタビュー(2010年5月24日)
本人は同じインタビューで、中学生の頃には国連職員のような仕事に就きたいと思っていたとも話しています。後年の進路を単純にこの一言だけで説明することはできませんが、10代の頃から家族の体験と国際的な仕事への関心が本人の中にあったことは確認できます。
患者として過ごした経験から医師を目指した
秋野さん自身の子ども時代は、健康面で楽なものではありませんでした。アトピー性皮膚炎と気管支喘息に悩み、本人の公式ストーリーでは、人見知りが激しい「内気な少年」だったと振り返っています。
病院へ通う側だった経験から、同じような苦しさを抱える人の役に立ちたいと考えるようになり、医師を志しました。1992年に長崎大学医学部を卒業し、その後は大学や地域医療の現場で経験を積んでいます。
若手医師の時期には、長崎県島原の個人病院で内科だけでなく外科や救急にも対応しました。大学院で研究を続けるだけではなく、患者と直接向き合う地域医療の現場へ出た経験が、医師としての若い頃にあります。
その後は米国Cedars-Sinai Medical Centerや厚生労働省でも勤務しました。この記事では政策実績の評価ではなく、病気に悩んだ少年期から医師、研究、地域医療、行政へと生活環境が変わっていった経歴を、本人の人物史として扱っています。
秋野公造の子ども時代と学生時代
喘息とアトピーに悩んだ少年時代
子どもの頃は喘息とアトピーに苦しみました。人見知りも激しく、自身の公式ストーリーでは「内気な少年」だったと紹介されています。
病気に悩んだ経験から、自分と同じような悩みを抱える人の役に立ちたいと考えるようになり、医師を目指しました。長崎大学医学部へ進んだ背景には、自身が患者として過ごした子ども時代がありました。
大学1年生は13人暮らしの下宿
大学1年生の頃は、13人が暮らす下宿で生活していました。そこで工学部の最上級生だった井上先輩に出会い、可愛がってもらったと振り返っています。
学生時代だけの付き合いで終わったわけではありません。後年、妻と一緒に井上先輩へあいさつした時には、昔と変わらない先輩・後輩の関係にすぐ戻った様子をブログに残しています。
時を超えて一気に先輩後輩。
出典:秋野公造ブログ「井上先輩」(公開日記載なし)
山下俊一教授のもとで研究し、島原の医療現場へ
大学院1年の時には山下俊一教授のもとで医学研究に取り組みました。その1年後、山下教授の勧めで長崎県島原の個人病院へ行き、地域医療の現場で内科医として働いています。
大学で研究だけを続けるのではなく、若いうちに地域の医療現場を経験するよう送り出された形でした。内科、外科、救急と、患者に応じて幅広く対応する生活を送っています。
秋野公造の趣味・好きなもの
サイクリングは長男とも楽しむ趣味
サイクリングは本人公式プロフィールに載っている趣味の一つです。長男と走るだけでなく、大学時代の井上先輩とも自転車イベントで顔を合わせています。
「ツール・ド・ちゃんぽん第13回大会」では、秋野さんがファミリーコース20キロ、長男がエキスパートコース80キロを完走しました。長男が80キロを走り切ったことも、本人のブログに残されています。
2026年には福岡県内の移動にも自転車を使う様子をXへ投稿しました。JR博多駅まで「愛車=自転車」で移動し、鉄道と自転車を組み合わせる日常の一場面を紹介しています。
45歳から始めた剣道は五段
剣道を本格的に始めたのは国会議員になってからです。党の先輩だった弘友和夫元参議院議員に勧められ、40代になってから稽古を始めました。
2023年に財務副大臣として財務省の広報誌へ寄せた文章では、初登庁の日に防具と竹刀を持参したことも明かしています。当時は四段でしたが、その後も稽古を続け、現在の本人プロフィールでは剣道五段です。
「無」になれる時間は大変貴重で、疲れも吹っ飛びます。
出典:財務省「巻頭言 『剣道と財務省』~伝統・文化の継承~」(2023年5月)
2025年にも、恩師とする剣道範士八段の中田琇士先生の稽古を受けています。始めた年齢が遅かったことを隠すのではなく、45歳から五段まで続けてきた過程自体を本人が発信しています。国会議員になってから始めた趣味を長く継続し、財務副大臣として初登庁した日にも防具と竹刀を持参したという本人のエピソードも残っています。仕事とは別に、稽古の時間を継続して確保してきたことが分かります。
スキューバダイビング、果物、映画「レッドクリフ」も好き
サイクリングと剣道のほか、趣味・特技にはスキューバダイビングも挙げています。好きな食べ物は果物、好きな映画は「レッドクリフ」です。家族とのサイクリングや、40代から始めた剣道など、年齢を重ねてからも新しい趣味を続けている点が本人プロフィールから確認できます。現在の趣味欄にもその継続が表れています。
医師や国会議員としてのプロフィールとはかなり違う情報ですが、いずれも本人が公式プロフィールで挙げているものです。
秋野公造の性格・人柄と私生活
中学・高校時代から続く友人関係
学生時代からの人間関係が長く続いている例として、中学・高校で同じクラスだった「ソヤ君」との交流があります。日本結核・非結核性抗酸菌症学会の特別功労賞を受賞した際には、会場まで祝いに来てくれました。
本人は、中学も高校もずっと同じクラスだった友人との再会について「ずっと変わらない友情に感謝」と書いています。大学時代の井上先輩との交流も続いており、昔の友人・先輩と年月を越えて会う様子がブログにたびたび登場します。
本人が大切にしている言葉
秋野さんは医師として働いた後、厚生労働省勤務を経て国会議員になりました。自分が政治で何をするのかを説明する際には、次の言葉を掲げています。
目の前で苦しんでいる一人のために、政治をどう使えるか。
出典:あきの公造オフィシャルサイト「プロフィール」(公開日記載なし)
秋野公造氏の「本人の言葉」から素顔を見る
家族や学生時代、趣味、価値観などについて、 本人が実際に語った言葉から、 人物像をさらに詳しく見ていきます。
子どもの頃の病気と医師を志した原点
私自身は、貿易商の父と母との間に生まれ、小さい頃からアトピー性皮膚炎と気管支喘息に苦しみました。
秋野氏は、子どもの頃にアトピー性皮膚炎と気管支喘息に苦しんだ経験を、自身が医師を志すきっかけにつながった体験として語っています。
母から受け継いだ平和への思い
平和への思いが人一倍強い母に育てられましたので、私の中には常に「平和」というものがあり続けました。
秋野氏は、原爆や引き揚げを経験した母に育てられたことと、自身の中に平和への思いがあり続けたことを結び付けて語っています。
中学生の頃の夢は国連職員
そのせいか、中学生の時は国連職員みたいなものになりたいと思っていました。
秋野氏は平和への思いが強い母の影響を受け、中学生の頃には国連職員のような仕事を思い描いていたと語っています。
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- 公明党「秋野 公造 プロフィール」 運営主体:公明党/確認内容:氏名、生年月日、出生地、最終学歴、現行党役職。
- 参議院「秋野 公造」 運営主体:参議院/確認内容:所属会派、選挙区、当選回数、参議院での役職。
- あきの公造オフィシャルサイト「プロフィール」 運営主体:秋野公造事務所/確認内容:妻と一男二女の家族、趣味、剣道五段、好物、好きな映画、本人の言葉。
- あきの公造オフィシャルサイト「あきの公造ストーリー」 運営主体:秋野公造事務所/確認内容:神戸・須磨での子ども時代、母、喘息・アトピー、長女との二人暮らし、長男とのサイクリング。
- 財務省「巻頭言 『剣道と財務省』~伝統・文化の継承~」 運営主体:財務省/確認内容:剣道を始めた経緯、師、初登庁時の防具と竹刀、本人発言。
- 秋野公造ブログ「具志堅隆松さんと打ち合わせ」 運営主体:秋野公造/確認内容:長男が10歳から毎年沖縄で活動を共にしていること。
- 秋野公造ブログ「井上先輩」 運営主体:秋野公造/確認内容:大学1年時の13人暮らしの下宿、井上先輩との交流。
- 秋野公造ブログ「ツール・ド・ちゃんぽん第13回大会」 運営主体:秋野公造/確認内容:長男と参加したサイクリング大会、20キロ・80キロの各コース完走。
- 【公式】あきの公造ちゃんねる 運営主体:秋野公造/確認内容:公式YouTubeチャンネルのURL。
- NetIB-News「医療の現場から国政へ 『医療と平和を守りたい』~秋野公造氏に聞く~(1)」 運営主体:データ・マックス/確認内容:妻が医師であること、子どもの構成、父が貿易商だったこと、幼少期。

















































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