2026年9月時点で、自民党の選挙対策委員長を務める西村康稔さん。ニュースでは政策や選挙の話題で名前を見る機会が多い人物ですが、本人が長年残してきた発信には、家族との食卓や明石で過ごした子ども時代、スポーツに打ち込んだ若い頃の姿も数多く登場します。
特に西村さんの場合、妻・信子さんと3人の娘、明石の商店街で時計店を営んだ母方祖父、元自治大臣の義父など、家族をたどると本人の人生に関わるさまざまなつながりがあります。
- 家族そろって食事する時間を大切にし、妻・娘3人と本を回し読みすることも。
- 明石公園で虫取り、淡路島で海水浴。中学は陸上、高校は野球、大学はボクシング。
- 中学で生徒会長・応援団長を務め、本人公式プロフィールでは「クラスの人気者」と紹介。
西村康稔の家系図と家族構成
西村康稔さんの家族関係を家系図のように見ると、身近な家族は妻・信子さんと娘3人です。実家側には両親と弟がいて、母方の祖父は明石駅前で時計店を営んでいました。
- 西村康稔さん:サラリーマン家庭の長男
- 妻:信子さん
- 子ども:娘3人
- 弟:1人
- 義父:吹田愰さん(元自治大臣・元国家公安委員長)
- 母方祖父:明石駅前・東仲ノ町商店街で「大崎時計店」を経営
妻は信子さん|岸信介元首相ともつながる家系
妻は西村信子さんです。信子さんの父は、山口県田布施町長や衆議院議員を務め、自治大臣・国家公安委員長も経験した吹田愰さんです。
吹田さんは岸信介元首相の地元・田布施町で政治活動をしており、西村さんは2018年のインタビューで、妻の名前にも岸氏との縁があると話しています。
私の妻は、岸さんから字をもらい信子(のぶこ)と申します。
出典:FACTA「安倍総理に全幅の信頼 『トランプカード』を握る」(2018年1月号)
2022年7月に安倍晋三元首相が亡くなった際にも、西村さんは「妻の信子と共に安倍家のお手伝いをさせて頂きました」と自身のブログに記しています。妻の実家と岸家・安倍家とのつながりは、西村さん自身の交流にも続いていました。
娘は3人|父親として残してきた家族の記録
西村さんには娘が3人います。本人の公式プロフィールには2008年時点ですでに家族写真が掲載され、その後もブログやXに娘たちとの出来事がたびたび登場してきました。
娘たちが成長した後も、父親としての投稿は続いています。
長女は、西村さんが通産省から石川県の商工課長として出向していた時期に石川県で誕生しました。石川への思い入れを語った2022年の投稿では、仕事をした土地としてだけでなく、家族の思い出がある場所として触れています。
2005年には、娘たちを明石の八木海岸や淡路島の五色浜へ連れて行き、カニやヤドカリを探して遊ぶ様子も書いていました。自分自身が明石公園や淡路島の自然の中で遊んだ記憶と、娘たちの姿を重ねていた時期です。
また、娘たちが小さかったころには、ゲーム機より友人との時間を大切にしてほしいという父親としての考えも残しています。
娘がアナウンサーという情報は?
娘3人のうち、アナウンサーとして活動していると公表されている人はいません。
公に確認できる家族情報では「娘3人」であることや、学生時代の出来事、家族で過ごしたエピソードなどが中心です。
弟は1人|両親を囲んだ家族の時間
西村さんは長男で、弟が1人います。幼少期の公式プロフィール写真にも、二見の市営住宅で弟「よしひろ」さんと写る姿が残されています。
大人になってからも、両親や弟と食事をする機会がありました。2018年には家族が集まった日の一枚を本人が投稿しています。
西村康稔の実家と家族のルーツ
明石市二見の市営住宅で両親・弟と暮らした
西村さんが幼いころ暮らしていたのは、兵庫県明石市二見の市営住宅でした。政治家一家の中で育った人物ではなく、父は会社員。両親と弟との4人暮らしでした。
幼稚園へは、近所に住んでいた同い年の女の子と手をつなぎ、山陽電車に乗って通っていたと振り返っています。幼稚園や小学校が自宅から遠かったため、母方祖父の家に泊まることもよくありました。
小学生になると、夏休みには朝から晩まで明石公園でセミを取り、池ではザリガニを捕まえ、淡路島の親戚の家へ行けば海水浴を楽しみました。机に向かってばかりの少年ではなかったようです。
父からも母からも「勉強しなさい」と言われた記憶は全くない。
出典:西村やすとしオフィシャルサイト「ふるさとの思い出」(2005年4月8日)
本人によれば、当時の通知表には「2」や「3」も多かったそうです。小学6年になり、仲の良かった友人たちが進学塾へ通い始めたことで自分も塾へ行くようになり、中学に入ってから勉強にも力を入れるようになりました。
母方祖父の「大崎時計店」は明石駅前の商店街
母方祖父は、明石駅前・東仲ノ町商店街で「大崎時計店」を営んでいました。店舗の2階には六畳一間の部屋があり、西村さんはそこへ泊まりながら祖父の話を聞いています。
祖父が話してくれた人物の一人が吉田茂元首相でした。一方、淡路島出身の祖母は、明石大空襲の際に明石公園で受けた被爆が原因で亡くなったと、西村さんは自身の回想に記しています。
時計店の周囲にはパン屋や飲食店、喫茶店などが並び、商店街の大人たちが遊び相手になったり、お菓子をくれたりしたそうです。家庭だけでなく商店街全体が身近な生活圏だったことが伝わる思い出です。
淡路島の海も原風景のひとつ
明石と並んで、西村さんの話に何度も出てくる土地が淡路島です。祖母が淡路島出身で、子どものころには親戚宅へ遊びに行って海水浴をしていました。
2021年のインタビューでは、明石で過ごした時間について次のように語っています。
海があり、山があり、一定の都市機能があるまちで育った体験が、私の礎をつくってくれた
出典:神戸新聞NEXT「衆院選・兵庫9区 立候補者に聞く(上)」(2021年10月21日)
西村康稔の若い頃|陸上・野球・ボクシングに打ち込んだ
中学では生徒会長・応援団長と陸上部を掛け持ち
中学時代の西村さんは、生徒会長と応援団長を務めながら陸上部にも所属していました。公式プロフィールでは当時を「クラスの人気者」と紹介しています。
長距離が得意で、3000メートルでは明石市内4位。中学校対抗駅伝ではアンカーを任され、市内2位になりました。本人は後年、明石公園や陸上競技場、野々池へ行くと、練習のつらさや仲間と励まし合ったことを思い出すと書いています。
中学3年のころには明石駅前で国会議員の演説を耳にし、「世の中の雰囲気を変える仕事はいいな」と感じたこともあったといいます。まだ少年だった時期から、人前に立つ活動とスポーツの両方を経験していました。
高校は野球部、大学ではボクシング部
高校では野球部へ。本人公式プロフィールでは「ここ一番の勝負強さは有名でした」と紹介されています。
大学では競技を大きく変え、ボクシング部に入りました。戦績は9勝2敗。本人が後年までボクシングを語っていることからも、若い頃の一時的な経験では終わらなかったことが分かります。
2021年、新型コロナ対策を担当していた時期のインタビューでも、強い緊張が続く仕事を支えたものとして学生時代のボクシングを挙げています。スポーツで身につけた体力やタフさは、その後も本人が自覚する特徴のひとつでした。
西村康稔の趣味・好きなもの
マラソンは長く続く習慣
中学時代に長距離を走っていた西村さんは、大人になってからもランニングを続けています。自民党のプロフィールにも趣味としてマラソンが挙げられています。
大臣時代には週1回ほど走り、東京の渋谷や銀座をランニングしながら街の人出を見ていた時期もありました。2014年には、忙しさから飲酒をやめ、夜の会合は一次会で切り上げ、議員会館内のジムで週に数回走る生活を送っていたと紹介されています。
娘の行事で京都へ行った日にも、早朝に鴨川沿いを走っていました。
映画・読書から俳句、茶道、写真まで幅広い
西村さんの趣味はかなり幅があります。首相官邸のプロフィールに並んでいるのは、秘境巡り、映画、マラソン、俳句、茶道、観劇、写真。自民党のプロフィールでは読書も挙げています。
映像作品ではNetflixの政治ドラマが好きで、なかでもテロ対策を描く「HOMELAND」を挙げていました。スポーツ一辺倒ではなく、映画や舞台、俳句、茶道、写真まで楽しむタイプです。
読書では、東野圭吾作品を家族で楽しんできました。2026年7月には『白夜行』『容疑者Xの献身』を夜を徹して読んだ思い出や、『ガリレオ』『新参者』『マスカレード』各シリーズを妻と娘3人で回し読みしていたことをXで振り返っています。
明石焼は本人が紹介する「ソウルフード」
明石で育った西村さんらしい食の話が、明石焼です。本人の公式YouTubeチャンネルには「私のソウル・フード『明石焼』(明石玉子焼)の紹介です」と題した動画があります。
西村康稔の性格・人柄と私生活
家族全員で食卓を囲む時間を意識してきた
国会議員として東京と地元を行き来する生活が続くなかでも、西村さんは家族全員で食事をする時間をつくろうとしていました。
月に1回は全員で食事するようにしています
出典:神戸新聞NEXT「【候補者に聞く】西村康稔氏 新しい社会構造目指す」(2014年12月4日)
仕事から戻った自宅で、娘の手料理を迎えた日もあります。海外出張から帰国した2014年5月の投稿には、政治活動とは違う家庭での表情が残っています。
2010年には妻・信子さんと朝にコーヒーを飲みながら、娘の学校や家族旅行について話したこともブログに記していました。政治家として多忙になるほど、家族との予定を意識して確保していた様子があります。
安倍晋三氏とは「年の離れた兄貴分」
政治の世界で長く親しくした人物の一人が安倍晋三氏です。その関係は仕事上だけのものではなく、西村さん自身が家族ぐるみの付き合いだったと語っています。
私にとって安倍さんは年の離れた兄貴分
出典:FACTA「安倍総理に全幅の信頼 『トランプカード』を握る」(2018年1月号)
妻・信子さんの父である吹田愰氏と岸信介氏の関係もあり、西村家と岸・安倍家の交流には親子二代にわたる背景がありました。2022年7月、安倍氏が亡くなった際には、妻とともに安倍家を手伝ったことを本人が記しています。
座右の銘は「ネバー・ギブアップ」と「断旧立新」
自民党の人物紹介で挙げている座右の銘は、「ネバー・ギブアップ」と「断旧立新」です。
「断旧立新」は古いものを断ち、新しいものを打ち立てるという意味を持つ言葉です。2014年にも本人はこの言葉を座右の銘として挙げていました。
幼いころは明石公園で一日中遊び、中学では陸上、高校では野球、大学ではボクシング。大人になってからはマラソンを続ける一方、俳句や茶道、観劇、写真にも親しんできました。体を動かす趣味と静かな文化系の趣味を両方持っているのも、西村康稔さんの意外な一面です。
こうした趣味の幅も、本人の私生活を知る手がかりです。
仕事以外の時間にも、運動と文化の両方を長く持ち続けていることが分かります。
若い頃から続く運動習慣と、大人になってから広がった文化系の趣味が同居している点も、本人の生活の幅を知る手がかりになります。
家庭では妻とコーヒーを飲みながら娘の学校や旅行の予定を話し、海外出張から戻った日には娘の手料理を迎えた記録も残っています。スポーツを続ける時間、俳句や茶道に向き合う時間、家族と過ごす時間はそれぞれ別ですが、長い経歴の中で仕事以外の生活も継続してきたことが本人の発信から分かります。
西村康稔氏の「本人の言葉」から素顔を見る
家族や学生時代、趣味、価値観などについて、 本人が実際に語った言葉から、 人物像をさらに詳しく見ていきます。
選挙応援中もタコスを楽しむ
初めてのタコライス
初めてタコライス!すごく美味しいのですが、量が多くて多くて。
沖縄で移動中の車内昼食に初めてタコライスを食べ、味とボリュームへの素直な感想を投稿しています。
地元コースになった神戸マラソンへの思い
せっかく大蔵海岸までコースが来たので、走れる機会があれば
西村氏は、神戸マラソンの折り返し地点が地元・明石市の大蔵海岸まで延びたことに触れ、練習時間はなかなか取れないものの、機会があれば走ってみたいと語っています。
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- 西村やすとしのプロフィール 運営主体:西村康稔公式サイト/確認内容:生年月日、血液型、実家、弟、若い頃、部活動、娘3人、趣味
- ふるさとの思い出 運営主体:西村康稔公式サイト/確認内容:二見市営住宅、母方祖父、大崎時計店、祖母、明石公園、淡路島、両親、娘との海遊び
- 内閣官房副長官 西村康稔プロフィール 運営主体:首相官邸/確認内容:生年月日、出身地、家族「妻、娘3人」、趣味
- 西村康稔君 運営主体:衆議院/確認内容:兵庫9区、所属会派、最終学歴、通産省勤務、9回当選
- 衆議院議員 西村康稔 運営主体:自由民主党/確認内容:9回当選、2026年9月時点の選挙対策委員長、公式サイト・X・YouTube
- 安倍晋三元総理と最後のお別れ 運営主体:西村康稔公式サイト/確認内容:妻・信子さん、義父・吹田愰氏、岸家・安倍家とのつながり
- 西村やすとし 2021年衆院選特設サイト 運営主体:自由民主党/確認内容:座右の銘、マラソン、映画鑑賞、読書、Netflix「HOMELAND」
- 衆院選・兵庫9区 立候補者に聞く(上) 運営主体:神戸新聞社/確認内容:明石での幼少期、ボクシング、ランニング、趣味、妻・娘3人、娘との食事
- 【候補者に聞く】西村康稔氏 新しい社会構造目指す 運営主体:神戸新聞社/確認内容:座右の銘、飲酒習慣、運動、妻と子ども3人、家族での食事
- 安倍総理に全幅の信頼 「トランプカード」を握る 運営主体:ファクタ出版株式会社/確認内容:義父・吹田愰氏、妻・信子さん、岸信介氏、安倍晋三氏との家族ぐるみの関係












































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