今井絵理子の旦那は?元旦那SHOGOや息子、橋本健との関係と若い頃の素顔

今井絵理子
ひと目でわかるプロフィール 今井絵理子
いまいえりこ
生年月日
1983年9月22日
出生地
沖縄県
血液型
O型
星座
おとめ座
干支
亥年
最終学歴
八雲学園高等学校
主な前職
タレント・歌手・ミュージシャン
趣味・好きなこと
音楽
特技
歌・ダンス・手話

SPEEDのボーカルとして広く知られ、2026年9月時点では参議院議員2期目を務める今井絵理子さん。9月18日には第2次高市改造内閣の内閣府副大臣に就任しました。歌手、母親、政治家と、人生の中でいくつもの役割を担ってきました。

家族との関係や10代の記憶、音楽との距離感を見ていくと、ステージや国会で見せる姿とはまた違った一面があります。

那覇市で生まれ、父は大分県出身、母は沖縄県出身。幼い頃は父と沖縄各地の海へ出かけていました。歌うことは今も生活の一部で、料理中や歩いている時にも自然と口ずさむといいます。家族の歩みと音楽の両方が、今井絵理子さんを知る大きな手がかりです。

今井絵理子さんの素顔がわかる3つのポイント
  1. 2018年に橋本健氏との交際を公表。2022年には本人が「パートナー」と表現。
  2. 5歳で歌手を志し、小学2年頃から沖縄の養成所へ。12歳でSPEEDとしてデビュー。
  3. 本人は「すごく負けず嫌い」と自己評価。できないと言われるほど挑戦したくなるタイプ。

今井絵理子の家族構成

今井絵理子の家族構成 家族・結婚・子ども
家族構成
息子1人
父親
今井泰弘
子ども
長男・今井礼夢(2004年生まれ)

元旦那SHOGOとの結婚と離婚

今井絵理子さんは2004年、ロックバンド175Rのボーカル・SHOGOさんと結婚しました。当時は今井さんもソロで音楽活動を続けており、音楽の世界で活動する2人の結婚として注目されました。

夫婦生活は約3年で区切りを迎えます。2007年9月、2人は離婚することを発表しました。今井さんは、互いに思い描く未来や家庭の形に違いを感じるようになったと説明しています。

2人で何度も話し合い、離婚という道を選ぶことになりました

出典:日刊スポーツ「今井絵理子とSHOGO3年3カ月で離婚」(2007年9月25日)

離婚後、長男の親権は今井絵理子さんが持つことになりました。発表では、親として2人で子どもを育てていく考えも示されています。

SHOGOさんはその後、2014年にタレントの石井あみさんとの再婚を公表しています。その際には、新しい妻が息子や元妻との関係も理解してくれていると伝えていました。

息子・今井礼夢の父親はSHOGO|プロレスラーとして活動

長男は今井礼夢(らいむ)さん。2004年10月18日生まれで、父親はSHOGOさんです。生まれつき耳が聞こえない先天性難聴があり、成長後はプロレスラーの道を選びました。

礼夢さんは2017年にプロレスリングHEAT-UPの道場へ一般会員として通い始め、中学卒業後の2020年4月に正式入門。プロテストを経て、同年12月7日にデビューしました。

プロレスに興味を持ったきっかけの一つは、母親である今井さんの影響でした。礼夢さんは中学時代から道場へ通い、プロを目指します。最初のプロテストでは縄跳びの課題を突破できず不合格。それでも再テスト前日まで練習を重ね、2度目で合格しました。

プロとして独り立ちする段階では、今井さんが手話通訳を付けることを提案したものの、礼夢さんは一人で週5日、電車で道場へ通う道を選びました。道場でも筆談に頼りきらず、動きを見ながら技を身につけていったと伝えられています。

デビュー戦の日、今井さんは会場の隅から息子の試合を見守りました。試合後には、礼夢さんが手話で伝えた対戦相手への感謝を今井さんがマイクで代弁しています。

息子との会話は「目と手」が中心

礼夢さんが幼い頃、今井さんは音ではなく視覚を使って気持ちを伝えていました。泣いているときには絵本や写真を見せ、何を食べたいか尋ねるときには食べ物の写真を並べる。そんな工夫を日常の中で重ねていたそうです。

会話では、目と目を合わせて話すことが欠かせません。料理をしながら背中越しに声をかけるのではなく、いったん手を止めて顔を見る。叱るときも同じで、真正面から向き合うため、叱る側にも力が必要だったと振り返っています。

礼夢さんが手話を始めたのは3歳の頃でした。それ以前は口の動きや表情を読む方法を学んでいましたが、指をよく動かす様子を見て手話へ切り替えました。やがて息子のほうが上達し、今井さんが日本語を教え、礼夢さんから手話を教わる関係になっていきます。

成長すると、礼夢さんが友達同士で使う手話を今井さんが理解できないことも出てきました。手話には仲間内の表現や地域差もあり、家庭では日本語を今井さんから、手話を礼夢さんから教え合う時間が続きました。

離れているときの連絡にはビデオ通話を使い、成長するとLINEで文字のやり取りもするようになりました。仕事へ出る朝には家のボードへメッセージを残し、帰宅すると礼夢さんから返事が書かれていることもあったそうです。

障害は個性。不便だけど不幸ではない

出典:エイベックス・ポータル「今井絵理子 プロフィール」(公開日記載なし)

親子の生活の中で育った手話は、今井さんの社会活動にも長く続くテーマになりました。

今井絵理子と橋本健の関係|2018年に交際を公表

離婚後の今井絵理子さんの私生活で名前が挙がるのが、元神戸市議の橋本健さんです。今井さんは2018年10月、自身のブログで橋本健さんと交際していることを公表しました。

交際を公表した際、今井さんは橋本さんの離婚成立後、年が明けてから連絡を取り合うようになったと説明しました。私的なこととして報告を控えていたものの、報道を受けて自分の言葉で関係を明らかにしています。

その後、2022年の参議院選挙では、選挙前に骨盤を骨折した今井さんを家族が支えました。本人はXで、息子の礼夢さんと「パートナーの橋本さん」が介助や家事、選挙の手伝いをしてくれたことへ感謝を伝えています。

2025年12月の日刊スポーツの記事でも、橋本さんは今井さんの「パートナー」と紹介されています。

今井絵理子の実家と家族のルーツ

今井絵理子の実家・自宅・家族のルーツ
育った家庭や暮らしから見える人物像
実家・家族のルーツ地域
大分県・沖縄県
実家・家庭環境
父は大分県出身、母は沖縄県出身。那覇市生まれで、幼少期は父と沖縄各地の海へ出かけた。

今井絵理子さんは沖縄県那覇市生まれ。父・今井泰弘さんは大分県出身、母親は沖縄県出身です。父は沖縄の海の美しさに惹かれて大分から沖縄へ移り住んだ人物でした。

子どもの頃、今井さんは父に沖縄本島の南部や北部のビーチへよく連れて行ってもらいました。礼夢さんが3、4歳になった頃には、父が娘と孫を慶良間の海へ連れて行くようになり、三世代で沖縄の自然を楽しむ時間が生まれています。

慶良間では、民宿の主人に船を出してもらい、無人島へ弁当を持って出かけることもあったそうです。浅瀬でも色とりどりの魚が見える海で、父・娘・孫の三世代で過ごす時間になっていました。

泰弘さんは海のほか、ゴルフや沖縄のステーキ、政治が好きだったそうです。曲がったことを嫌い、義理を大切にする人でもありました。今井さんが初めて国政選挙への立候補を打診された際に背中を押したのも父でした。

病気と向き合った晩年には、娘の2度目の当選を見届けることを励みにしていたと今井さんは振り返っています。2023年2月に亡くなった後、父の「悔いのない人生」という姿勢を受け、自分も毎日を精いっぱい過ごしたいとつづりました。

母親については、2025年の母の日に、今井さんが5歳頃の母娘写真を公開しています。幼い今井さんが母の頬へキスする一枚もあり、育ててくれたことへの感謝と、父を亡くした母をこれからも支えたいという思いをつづりました。

故郷との接点は、家族の思い出だけではありません。2026年5月には沖縄で若い世代の声を聞く「ゆんたく会」に参加し、助産師や保育士から女性支援や産後ケアの話を聞いています。

今井絵理子の若い頃|5歳で歌手を志した少女時代

今井絵理子さんが歌手を目指したのは5歳の頃です。テレビに映る工藤静香さんや中山美穂さんを見て華やかな世界に憧れ、振り付けをまねしながら歌っていました。

歌うことが大好きで、沖縄各地でカラオケ大会があれば何度も参加。小学2年生の頃、その姿を見ていた養成所の校長から声をかけられ、タレント養成所へ入ることになりました。

本人によると、当時の沖縄には子どもが遊びに行くような場所が今ほど多くなく、養成所へ行って歌ったり踊ったりする時間そのものが楽しかったそうです。芸能界へ向かう訓練というより、夢中になって通う遊び場や部活動に近い感覚でした。

SPEEDの4人の中では、今井さんが養成所へ入った時期は遅いほうでした。すでに経験を積んでいた周囲へ追いつくため、年齢に関係なく先輩から吸収する日々が続きました。

養成所では、先生が一方的に教えるのではなく、先輩が後輩へ歌や踊りを教えるスタイルでした。今井さんたちは安室奈美恵さんやMAXのメンバーから学ぶこともあり、本人は「部活のような感じ」だったと振り返っています。

そこで出会ったのが、1歳年下の島袋寛子さんです。年齢は下でも、3歳から養成所へ通っていた島袋さんは先輩。歌もダンスも上手く、今井さんにとって追いつきたい存在でした。

小学6年生の頃、東京から来た事務所関係者の前で歌と踊りを披露し、4人でのデビューへ進みます。本人たちは「東京へ行って、テレビで歌う」という感覚だったそうですが、12歳でSPEEDとして始まった日々は、その後の生活を大きく変えました。

SPEED時代の今井絵理子|ホテル生活と歌詞の研究

SPEEDとして活動していた頃は、まだ中学生。仕事先には沖縄では見慣れなかったお菓子や食べ物が並び、体型維持とのせめぎ合いがあったといいます。

ダンスで体を動かしていても食べれば体重は増える。そこでメンバー同士、ホテルの部屋で汗の出るジェルを塗り、全身へサランラップを巻いて「細くなるかも」と試したこともありました。

もう一つ苦労したのが、大人びたSPEEDの歌詞をどう表現するかでした。今井さんと島袋寛子さんは、漫画を読んだりドラマを見たりしながら、歌詞に出てくる感情を想像して歌い方を研究していました。

後年、SPEEDの曲を一人で歌うことについて尋ねられた今井さんは、自分にとっては島袋さんとのツインボーカルに、新垣仁絵さんと上原多香子さんのコーラスが重なって初めてSPEEDになると話しています。自分のパートだけで完結するのではなく、4人の声を一つの形として捉えていました。

周囲は大人ばかりで、壁にぶつかるたびに4人で話し合って乗り越える日々。今井さんは後年、12〜13歳だった当時を振り返り、自分の精神年齢は30代だったような気がすると笑っています。

2021年、SPEEDのデビュー25周年を迎えた時期には、島袋さんとプロデューサーの伊秩弘将さんを迎え、当時の思い出や楽曲制作を振り返る企画も行われました。3人の話し方や距離感まで感じられる映像です。

今井絵理子の趣味・好きなもの

今井絵理子の好きなもの・休日
趣味・好きなこと
音楽
趣味の詳細
歌うこと・音楽。料理中や歩いている時にも自然と口ずさむ。
あだ名・愛称
elly
休日の過ごし方
息子と旅行やスポーツ観戦など、一緒に出かける時間を持つ。

今井絵理子さんは、自分には趣味と呼べるものがあまりないと話しつつ、強いて挙げるなら歌うことと音楽だと答えています。

歌うこと、音楽が私にとっての趣味になるのかな

出典:ママスタセレクト「今井絵理子さん 第2回 SPEEDのメンバーでホテルの部屋で身体にサランラップを巻いていた」(2015年5月2日)

仕事として歌ってきた人ですが、音楽は仕事の時間だけに閉じていません。料理をしているときも、道を歩いているときも、気づけば歌を口ずさんでいるそうです。

曲作りも生活の延長にあります。ギターやピアノを弾きながら作ることもあれば、眠ろうとした瞬間にメロディが浮かび、ボイスレコーダーへ鼻歌を録音することもあります。締め切りに追われて量産するのではなく、書きたいときに書くというマイペースな作り方です。

今井絵理子の性格・人柄と私生活

今井絵理子の人柄・私生活
性格・価値観・人間関係から見える素顔
性格・人柄
本人は「すごく負けず嫌い」と自己評価。できないと言われるほど挑戦したくなるタイプ。
私生活・日常
2018年に橋本健氏との交際を公表。2022年には本人が「パートナー」と表現。
価値観・人生観
「焦らず、比べず、諦めず」を子育てで大切にしてきた。
交友関係・人間関係
島袋寛子とは沖縄の養成所時代からの仲。家族や姉妹の枠を超える存在と語っている。
意外な一面・こだわり
SPEED時代、ホテルの部屋でメンバーと体にサランラップを巻くなど体型維持を工夫していた。

本人が自分の性格を語るときに出てくるのが、「ピンチはチャンス」という考え方です。大変なことが起きたときには、できない理由を探すより「どうやって乗り越えよう」と考えると話しています。

すごく負けず嫌いなんです(笑)

出典:ママスタセレクト「今井絵理子さん 第6回 LINEを覚えた息子からのメッセージが楽しみなんです!」(2015年5月30日)

「できない」と言われるほど意地でもやりたくなるタイプで、できるまで続ける。仕事と子育てを通じて何かを乗り越えたときの達成感や、息子の笑顔が力の源になってきたとも語っています。

一方、家では仕事へ出る前にメッセージボードへ短い言葉を書き、息子から返事が残されていることを楽しみにしていました。

2025年9月22日に42歳を迎えた際には、新しい一年への決意と、寄せられた祝いへの感謝をXにつづりました。

子育てで大切にした「焦らず、比べず、諦めず」

今井絵理子さんは、礼夢さんが小学生の頃から国内外へ一緒に出かけていました。フィリピンやタイでは聾学校を訪れ、礼夢さんが現地の子どもたちと手話で打ち解ける姿も見ています。

礼夢さんは恥ずかしがり屋でしたが、親が間に入らなくても現地の子どもと仲良くなり、手で会話を始めたそうです。本人がインドへ行きたいと言った時期には、今井さんも「いつか二人で行きたい」と考えていました。

親子だからいつも穏やかというわけでもありません。2人ともいたずら好きで、家では遠慮なく言いたいことを言い合うこともある。母親を特別扱いするというより、対等にぶつかりながら一緒に過ごす関係でした。

被災地を一緒に訪れたときも、今井さんは息子へ「悲しいね」と同じ感情を求めることはしませんでした。そこで起きたことは説明しても、礼夢さんの中に生まれた気持ちは本人のものとして待つ。大人になったときに、あの頃何を感じていたのか聞いてみたいと話しています。

焦らず、比べず、諦めず

出典:ママスタセレクト「今井絵理子さん 第8回 まだまだ恋もしたいし、息子に弟を作ってあげたいです!」(2015年6月13日)

この言葉は先輩ママから受け取ったものでした。周囲の子と比べて焦るのではなく、その子の長所を伸ばす。一方で、できるようになるための努力まで諦めない。今井さんは子育ての中で、この三つを意識してきたと話しています。

島袋寛子との関係|SPEEDで育った長い絆

島袋寛子さんとの関係は、小学2年生の養成所時代から続いています。年下でも先輩だった島袋さんは、当時から歌もダンスも上手く、今井さんは追いつこうと必死でした。

同じチームで発表会へ出られることになったとき、島袋さんから「ダンス一回間違えたらビンタね」と言われたことも。今井さんは怖さに怯えながら練習したそうですが、後年本人に確認すると、島袋さんはその発言を覚えていなかったそうです。

SPEEDとして多忙になってからは同じホテルの部屋で過ごし、疲れて帰った夜には「先にお風呂へ入りたい」と順番をめぐってけんかすることもあったと振り返っています。

ヒロを超えるパートナーはこれからも現れない

出典:Smart FLASH「今井絵理子、島袋寛子との不仲説一蹴!『ヒロを超えるパートナーは現れない』」(2021年11月10日)

今井さんはSPEEDのメンバーを、家族や姉妹という言葉だけでは収まらない存在と表現しています。2026年、SPEEDがデビュー30周年を迎えた年にも、島袋さんの歌声を聞きながら自然と一緒に口ずさんだことをXで伝えました。

今井絵理子氏の「本人の言葉」から素顔を見る

家族や学生時代、趣味、価値観などについて、 本人が実際に語った言葉から、 人物像をさらに詳しく見ていきます。

本人の言葉を深掘り

息子の障がいを公表したきっかけ

2015年6月6日 ママスタセレクト/ライブドアニュース「息子の聴覚障がいを公表したのは、伝えたい人がいたからです」
公表のきっかけはママ友です。
この発言で語っていること

今井氏は息子の聴覚障がいを公表した背景に、同じ悩みを抱える母親たちとの出会いがあったと説明しています。

元の発言を確認する

聾学校で音楽を届けようと決めた

2015年6月6日 ママスタセレクト/ライブドアニュース「息子の聴覚障がいを公表したのは、伝えたい人がいたからです」
それで、まずは聾学校で音楽をやってみようと決めました。
この発言で語っていること

今井氏は、聞こえ方の違う子どもたちにも音楽の振動や楽しさを届けたいと考え、聾学校で音楽活動を始めたと語っています。

元の発言を確認する

43歳の誕生日に息子へ伝えた感謝

2026年9月22日 今井絵理子公式Instagram
そして、私を母にしてくれた息子へ。たくさんのことを教えてくれて、ありがとう。
この発言で語っていること

今井氏は43歳の誕生日に、母への感謝とあわせて、プロレスラーとして成長した息子・礼夢さんへ「自分を母にしてくれた」と感謝を伝えています。

元の発言を確認する
関連書籍
今井絵理子さんの著書・関連書籍
動かなきゃ、何も始まらない
書籍
動かなきゃ、何も始まらない
著者:今井絵理子 / 出版社:光文社 / 発売日:2021年11月10日頃
ココロノウタ 息子と歩んだ4年間、そしてこれから
書籍
ココロノウタ 息子と歩んだ4年間、そしてこれから
著者:今井絵理子 / 出版社:祥伝社 / 発売日:2016年06月15日頃
ココロノウタ 息子と歩んだ4年間、そしてこれから
書籍
ココロノウタ 息子と歩んだ4年間、そしてこれから
著者:今井絵理子 / 出版社:祥伝社 / 発売日:2009年02月

※商品リンクにはアフィリエイトリンクを含みます。

参考・出典
この記事で参照した主な資料
公式・公的資料
  • 今井 絵理子(いまい えりこ) 運営主体:参議院/確認内容:生年月日、出生地、最終学校、SPEEDデビュー、長男、当選回数、2026年9月7日時点の委員会等。
  • 今井絵理子オフィシャルサイト 運営主体:今井絵理子事務所/確認内容:本人公式サイトの現行性、プロフィール、活動内容、公式YouTubeへの導線。
  • 今井絵理子 プロフィール 運営主体:エイベックス/確認内容:血液型O型、愛称elly、長男出産、息子の聴覚障がい公表、「障害は個性。不便だけど不幸ではない」の発言。
  • 今井 礼夢 運営主体:プロレスリングHEAT-UP/確認内容:今井礼夢の生年月日、先天性難聴、プロレス入門・デビュー等。
  • エコジン04・05月号 運営主体:環境省/確認内容:父の大分県から沖縄への移住、父と沖縄の海へ出かけた幼少期、礼夢を含む三世代での慶良間の思い出。
報道・インタビュー
その他の資料
素顔データ最終確認日 2026年9月20日
この記事の更新履歴
  • 「本人の言葉」から素顔を見るセクションを追加
  • 第2次高市改造内閣の副大臣人事を確認し、2026年9月18日の内閣府副大臣就任を本文冒頭へ反映。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA