青木愛さんは、1965年8月18日生まれの参議院議員です。東京都墨田区で生まれ、千葉県の千倉町(現在の南房総市)で育ちました。
同姓同名には元アーティスティックスイミング日本代表や実業家もいますが、この記事で扱うのは、歌手・テレビ番組リポーター・保育士を経験した政治家の青木愛さんです。
国会で見る姿とはかなり違う時間も歩んできました。家賃2万6000円の風呂なしアパートで始まった大学生活、X JAPANのTOSHI・YOSHIKIと過ごした高校時代、レコードを出すほど打ち込んだ音楽、母と子どもたちの作品を一冊の本にした2024年の仕事まで、生活の側からたどっていきます。
- 家族は父・母です。
- 千葉大学進学時、船橋の家賃2万6000円・風呂なしアパートで初めて一人暮らし。
- 迷った時期には音楽と教育を学び直す道を選び、興味を持ったことへ自ら動く姿勢を本人が語っている。
青木愛議員は結婚してる?旦那・結婚歴について
「青木愛」という名前だけで結婚情報を見ると、別人の情報と混ざりやすい人物です。1985年生まれの元アーティスティックスイミング日本代表・青木愛さんとは20歳違いで、政治家の青木愛さんは1965年生まれです。
一方、父親と母親については名前や活動が資料に残っており、家族の話からは南房総・千倉との長い結びつきも見えてきます。
青木愛の家族構成
父・青木岩造は千倉町の町議会議員だった
父親は青木岩造さんです。2014年の国会便覧にある親族一覧では、千倉町町議会議員と記録されています。
青木愛さんは学生時代を振り返ったインタビューで、親が町会議員、叔父が区議会議員だったため、選挙や政治は遠い話ではなかったと話しています。政治の世界へ入るずっと前から、家庭の中に選挙や地域活動の話題がある環境でした。
母・青木伊久と2024年に一冊の本を作った
母親は青木伊久さんです。伊久さんは1979年、千倉町に私立ゆうひが丘保育園を設立しました。
2024年4月には『子どもは地上の太陽だ』が刊行されています。作は青木愛さん、詩・絵は「青木伊久と子どもたち」。ゆうひが丘保育園で子どもたちが残してきた絵やことばをまとめた本で、母が長く関わってきた保育の現場を、娘の青木愛さんが一冊の作品として形にしたものです。
政治活動とは別に、母と子どもたちの作品を編集し、著者として残した仕事でもあります。青木愛さんの著書として参議院のプロフィールにも掲載されています。
青木愛の実家と家族のルーツ
生まれた場所は東京都墨田区ですが、育ったのは千葉県安房郡千倉町、現在の南房総市です。小学校から高校まで房総で過ごし、本人も「千倉町で育ち」と自己紹介しています。
家族が運営していたゆうひが丘保育園は、夕日のきれいな丘に建つ保育園として紹介されています。青木愛さん自身も後に保育士としてこの現場に入り、園の運営にも関わりました。
大人になって活動の場所が東京へ広がってからも、南房総との関係は続いています。本人公式サイトには千葉事務所が南房総市千倉町に置かれており、千倉は幼少期の土地であるだけでなく、現在までつながる生活の基点の一つになっています。
南房総とのつながりは現在の本人発信にも残っており、南房総市の保育園で行われた国際ヨガの日の体験会に参加した様子もXで紹介しています。
2019年9月の台風被害の際には、千葉県内の被害を捉えたドローン映像をXで発信しました。
青木愛の若い頃は?安房高校から初めての一人暮らしへ
高校ではTOSHI・YOSHIKIと同級生
千葉県立安房高校では、X JAPANのTOSHIさん、YOSHIKIさんと同級生でした。のちのインタビューでは、2人の活動を応援するなかでも音楽との関わりを持っていたと振り返っています。
有名ミュージシャンと同じ学校だったというだけではありません。青木愛さん自身も歌う側へ進み、大学時代にはバンド活動からレコード制作へ踏み込んでいきます。
家賃2万6000円・風呂なしアパートで大学生活を始めた
千葉大学への進学を機に、船橋で初めて一人暮らしを始めました。部屋は家賃2万6000円の風呂なしアパート。親元を離れた最初の住まいとしては、かなり簡素な環境でした。
本人は、不安もあった一方で、それ以上に新生活への希望を持っていたと話しています。実家が保育所を営んでいたこともあり、大学では幼児教育を専攻しました。
大学生活では、幼児教育の授業と音楽サークルの活動が同時に進みました。青木愛さんにとって教育と音楽は、別々の分野ではなく同じ時期に深く関わっていたテーマでした。
青木愛の趣味・好きなものは音楽
青木愛さんの好きなものとして、はっきり確認できるのが音楽です。大学では音楽サークルへ入り、バンド活動を始めました。
幼児教育の授業にも音楽があり、授業でもサークルでも音楽に触れる日々でした。やがてボーカルとしてレコードを出すところまで活動を広げています。
音楽とは切っても切り離せないものでした。
出典:学生新聞オンライン「参議院議員 立憲民主党幹事長代理 青木愛」(2021年5月13日)
趣味として聴いて終わるのではなく、演奏する仲間の中へ入り、自分で歌い、作品として残すところまで続けた音楽です。国政に入ってからのプロフィール資料でも趣味欄には「音楽」と記録されています。
歌手としての作品も一作だけではありません。1989年6月には「愛は蜃気楼の中」でデビューし、この曲はテレビ朝日系『トゥナイト』のエンディングテーマになりました。1991年には「さよならを越えて」、1992年には「未来の子供達へ」、1993年には「幸せの行方」も発表しています。
特に「未来の子供達へ」という題名は、後年の保育の仕事や、2024年に母・青木伊久さんと子どもたちの作品をまとめた本にも通じる言葉です。もちろん、当時から後年の活動までを一本の目的で説明することはできませんが、音楽と子どもという二つのテーマが若い頃から長く生活の中にあったことは確認できます。
1991年の「さよならを越えて」には「何処へ行くの」が収録され、アルバムにも作品が残っています。現在の国会議員としての姿だけを見ると意外ですが、20代の青木愛さんは、作品名と発売日が音楽データベースに残るほど継続して歌手活動をしていました。
オリコンの作品一覧にはシングル9作品、アルバム2作品が掲載されています。テレビ番組のテーマ曲になった作品だけを一度歌ったのではなく、複数年にわたって作品を発表していたことが分かります。1993年の「幸せの行方」はテレビ東京系『自然大好き!』のエンディングテーマにもなりました。
学生時代のサークル活動から始まった音楽が、レコード会社での作品制作、テレビ番組のテーマ曲、リポーターの仕事へ連続していった形です。本人が後年「音楽とは切っても切り離せない」と表現したのも、趣味の一言だけでは収まらない時間があったからでした。
青木愛のタレント時代|自作曲から「トゥナイト」リポーターへ
大学卒業後は音楽の道へ進みました。本人のインタビューではレコード会社に入り、自分で作った歌がテレビ朝日の情報番組『トゥナイト』のテーマソングに使われたことが、テレビの仕事へつながったと語っています。
その後は『トゥナイト』のリポーターとして約5〜6年活動しました。本人が振り返っているのは、単にテレビに出ていたという話ではなく、時代の最先端を見る仕事を通して、先を見据えて視野を広げることを学んだという経験です。
歌を作る側から、カメラの前で人や場所を伝える側へ。若い頃の青木愛さんは、音楽だけに一本化するのではなく、表現の場所をテレビへも広げていました。
青木愛は迷った時期に大学院へ戻った
テレビの仕事を続けたあと、青木愛さんはもう一度学ぶ道を選びました。バブル崩壊後、人生の先が見えず焦りもあった時期だったと振り返っています。
音楽と教育の勉強をもう一度やり直したい
出典:学生新聞オンライン「参議院議員 立憲民主党幹事長代理 青木愛」(2021年5月13日)
千葉大学大学院教育学研究科で学び、東京芸術大学大学院音楽教育学研究科では研究生として過ごしました。さらに後年、高野山大学大学院文学研究科密教学専攻も修了しています。
テレビで一定の仕事を経験したあとに、再び学生として机に向かった時期です。若い頃から続いていた音楽と、実家の保育所にもつながる教育を、もう一度学び直す選択でした。
先が見えない時期に小沢一郎のもとへ飛び込んだ
学び直しを始めた頃、青木愛さんは「人生の先が見えず、焦りもあった」と振り返っています。その時期に、自分の生きがいを探すなかで小沢一郎さんのもとへ直接飛び込みました。
後の公式プロフィールには、小沢一郎衆議院議員の秘書を務めたことも記載されています。完成された進路が最初から用意されていたというより、音楽、テレビ、再び大学院、そして人との出会いへと、その都度動きながら次の場所を選んでいた時期でした。
保育の現場では自分でも小さな保育所を開いた
青木愛さんは保育士として、家族が運営するゆうひが丘保育園にも関わりました。園児たちに囲まれて働くなかで、子どもの未来のために自分にできることをしたいという思いを持ったと記しています。
未来はいつも子供たちの中にある。
出典:千葉大学経済人倶楽部「絆」会報 December 2021(2021年12月)
保育との関わりは実家だけでは終わりません。2013年の衆議院本会議では、その約2年半前に東京・足立区で小規模な保育所を開設し、地域の子どもを預かっていることを本人が明らかにしています。
二年半前、地元足立区で、小さな小さな保育所を開設いたしました。
出典:青木愛 Official Website「2013年3月5日 衆議院本会議代表質問」(2013年3月5日)
幼児教育を学んだ学生時代、家族の保育園、自分で開いた小さな保育所と、子どもと接する場所が時期を変えて何度も生活に現れています。
千葉大学の同窓会報では、家族が経営する保育園で園児たちに囲まれて働くうちに、子どもの未来のために自分にできることを考えるようになったと紹介されています。教室で幼児教育を学んだことと、実際に子どもを預かる現場で働いたことの両方がありました。
2013年に国会で自分の保育所について話した際には、待機児童の多い地域で保護者から相談を受けていた経験にも触れています。制度を外から眺めるだけでなく、小さな保育所を自分で運営し、預け先を探す家庭と接していた時期があったということです。
2026年の現在地|参議院比例3期目、外交防衛委員会理事
青木愛さんは2026年8月9日現在、参議院比例代表選出・3期目です。所属会派は立憲民主・無所属で、立憲民主党千葉県連副代表を務めています。
参議院では外交防衛委員会の理事を務めるほか、国家基本政策委員会、政府開発援助及び国際協力・人道支援等に関する特別委員会に所属しています。
かつて歌手・タレントとして活動し、衆議院議員を3期経験した後、現在は参議院で3期目。芸能活動、衆議院、参議院という異なる舞台を経験していることが、青木さんの歩みの特徴です。
出典:参議院「青木愛」
本人公式Xでも、国会活動や地域での動きを継続して発信しています。
青木愛の性格・人柄と私生活
青木愛さんは、自分の性格を一語で決めるより、迷ったときに何を選んだかを具体的に語っています。テレビの仕事のあとに大学院へ戻ったことも、先が見えない時期に「自分の生きがいを見出していこう」と動いた一例でした。
子どもや教育について語るときには、制度より先に「人」へ目を向ける言葉も残しています。
人にこそ光を当てるべきです。
出典:青木愛 Official Website「2013年3月5日 衆議院本会議代表質問」(2013年3月5日)
歌手、リポーター、大学院での学び直し、保育の現場と、本人の若い頃には方向の異なる選択が並びます。一つの肩書きだけに自分を固定せず、その時々で強く関心を持った場所へ移ってきたことは、本人が語る「好きなことに挑戦する」という言葉と重なります。
趣味として確認できる「音楽」は、大学時代の活動だけではなく、歌手としての作品制作やテレビの仕事へつながるほど長く続いたテーマです。
2026年の本人公式YouTubeでは、参議院の委員会で自らのラオス訪問経験にも触れながら質問する様子が公開されています。若い頃のテレビ出演とは場面がまったく違いますが、現在の本人の話し方や声を動画で確認できます。
10代には房総で学校生活を送り、20代には音楽と一人暮らし、30代前後にはテレビと学び直し、その後は保育の現場にも戻りました。青木愛さんの素顔をたどると、音楽・教育・子ども・房総というテーマが、時期を変えながら何度も現れます。
結婚や旦那については公開プロフィールに記載がありませんが、父母とのつながり、母と作った本、若い頃の歌手活動、初めての一人暮らし、保育所での仕事など、本人が公に残してきた話はかなり多くあります。政治活動だけを見ていては分からない時間の積み重ねが、現在の青木愛さんにつながっています。
青木愛氏の「本人の言葉」から素顔を見る
家族や学生時代、趣味、価値観などについて、 本人が実際に語った言葉から、 人物像をさらに詳しく見ていきます。
大学進学と初めての一人暮らし
私は大学生になると同時に、船橋にある家賃26000円の風呂無しアパートで、初めての一人暮らしを始めました。
青木氏は大学進学と同時に、船橋の風呂なしアパートで初めての一人暮らしを始めたと振り返っています。
大学生活は音楽とともに
そのため、私の大学生活は常に音楽と共にあったのです。
青木氏は幼児教育を学びながら音楽サークルでバンド活動も行い、大学生活は常に音楽とともにあったと語っています。
将来が見えず焦っていた時期
当時は人生の先が見えず、焦りもあったのでしょう。
青木氏は音楽やリポーターの仕事を経験した後、学び直した時期を振り返り、将来が見えず焦っていた当時の心境を語っています。
- 青木 愛(あおき あい)議員プロフィール 運営主体:参議院/確認内容:生年月日、出生地、最終課程、保育士経験、衆参の議員歴、2026年の所属・委員会、著書。
- 青木愛 議員情報 運営主体:立憲民主党/確認内容:2026年9月時点の参議院議員3期・比例、党所属、委員会、公式サイト・X・YouTubeへの公式導線。
- 青木愛 Official Website プロフィール 運営主体:青木愛事務所/確認内容:東京都生まれ、千倉町での学校生活、音楽・教育に関する学校歴、議員歴、千倉事務所。
- 2013年3月5日 衆議院本会議代表質問 運営主体:青木愛 Official Website/確認内容:足立区で小規模保育所を開設した本人発言、「人にこそ光を当てるべき」とする発言。
- 青木愛 公式X 運営主体:青木愛/確認内容:本人公式Xプロフィール、記事へ採用した2019年の千葉県台風被害関連投稿。立憲民主党の本人ページから公式アカウントへのリンクを確認。
- 青木愛(参議院議員 比例区・全国区) 運営主体:青木愛 公式YouTube/確認内容:本人公式チャンネルであること、2026年6月16日の外交防衛委員会動画。
- 参議院議員 立憲民主党幹事長代理 青木愛 運営主体:学生新聞オンライン/確認内容:家賃2万6000円の一人暮らし、幼児教育、音楽サークル、TOSHI・YOSHIKIとの同級生時代、歌手活動、『トゥナイト』、学び直し、小沢一郎との出会い。
- 『子どもは地上の太陽だ』書誌詳細 運営主体:千葉県立図書館/確認内容:青木愛さんが「作」、青木伊久さんと子どもたちが「詩・絵」であること、2024年4月刊、ゆうひが丘保育園での作品をまとめた本であること。
- 国会便覧 内容見本 運営主体:国政情報センター/確認内容:2014年時点のAB型、趣味「音楽」、父・青木岩造さん、母・青木伊久さん。
- 千葉大学経済人倶楽部「絆」会報 December 2021 運営主体:千葉大学経済人倶楽部「絆」/確認内容:千倉町で育ったこと、テレビ・音楽・保育士経験、親が経営する保育園での仕事、「未来はいつも子供たちの中にある」とする本人の考え。
- 青木愛 作品情報 運営主体:ORICON NEWS/確認内容:歌手時代の複数作品。「愛は蜃気楼の中」は1989年6月28日発売で『トゥナイト』エンディングテーマ、「さよならを越えて」「未来の子供達へ」「幸せの行方」等の発売情報。






2026年9月20日時点で、本人の公式サイト・参議院・立憲民主党の公開プロフィールには、結婚相手や旦那(夫)、結婚歴の記載はありません。