足立康史の兄は双子!父親・妻との家族や水球に打ち込んだ若い頃

足立康史
ひと目でわかるプロフィール 足立康史
あだちやすし
生年月日
1965年10月14日
出生地
大阪府
血液型
B型
星座
てんびん座
干支
巳年
最終学歴
コロンビア大学国際公共政策大学院
主な前職
官僚・国家公務員
学生時代の部活動
水球
趣味・好きなこと
水球・短歌・読書
特技
水球・短歌

国会での歯切れのよい発言で知られる足立康史さんですが、子どもの頃から同じ姿だったわけではありません。

3人兄弟の末っ子で、すぐ上の兄とは一卵性双生児。小学生の頃は兄と長距離走で活躍し、中学生になると卓球とマイコン、高校からは水球に夢中になりました。

大学では水球チームの主将を務め、水泳大会で後の妻とも出会っています。スポーツ一筋に見えて、マシン語でゲームを作ったり、哲学書を読んだり、短歌を詠んだりする一面もあります。高校では国体・インターハイ、大学では関西リーグ8連覇を経験しており、水球は学生時代の中心にあった活動で、後の妻との出会いにもつながり、家庭の原点にもなり、若い頃の重要な転機として残っています。

少年時代には双子の兄と長距離走に取り組み、周囲から「茨木の宗兄弟」と呼ばれました。大学では水球に打ち込み、そこで後の妻と出会っています。一方で、コンピューターに触れてマシン語でゲームを作り、哲学書や短歌にも関心を持っていました。運動だけでなく、読むことや作ることにも時間を使っていた若い頃の姿は、現在の肩書きだけでは見えにくい部分です。

足立康史さんの素顔がわかる3つのポイント
  1. 水球や読書、短歌に親しみ、X・YouTubeなどでも継続的に発信。
  2. 小学生は長距離走、中学生は卓球とマイコン、高校から水球に熱中。
  3. 「やらないで後悔するより、やって後悔する」と語り、挑戦することを重視。

足立康史の家族構成

足立康史の家族構成 家族・結婚・子ども
兄弟姉妹
兄2人。うち健史さんとは一卵性双生児
結婚
既婚
子ども
長男1人

足立康史さんの家族で確認されているのは、妻と長男1人です。

育った家族では3人兄弟の末っ子。1965年10月14日に大阪で生まれ、兄の一人である健史さんとは一卵性双生児です。

双子は未熟児として生まれましたが、「健史」「康史」と名付けられ、元気に育ちました。よく似た双子の兄弟は、やがてスポーツでもそろって目立つ存在になっていきます。

3人兄弟の末っ子として育った

幼い頃は大阪府泉大津市で暮らし、泉大津市立旭小学校へ入学。その後、茨木市へ移り、茨木市立中津小学校に通いました。

小学生の足立さんが得意だったのは長距離走です。双子の兄と一緒に連合運動会で活躍し、二人は周囲から「茨木の宗兄弟」と呼ばれていました。

「宗兄弟」は、マラソンで活躍した双子の宗茂さん・宗猛さん兄弟になぞらえた呼び名です。政治家になるずっと前から、足立さんにとって双子の兄は身近なライバルであり、一緒に競技へ取り組む存在でした。

双子の兄・足立健史はNPO法人の代表

検索でも関心が高いのが、足立康史さんの兄です。

一卵性双生児の兄は足立健史さん。内閣府のNPO法人ポータルサイトでは、NPO法人N3の代表者として「足立 健史」と登録されています。

NPO法人N3は大阪市に主たる事務所を置き、障害のある人の生活支援や就労支援、ITを活用した事業などに取り組む団体です。

康史さん自身も中学生の頃にはコンピューターに強い関心を持っていました。当時普及し始めたマイコンに夢中になり、BASICだけでは物足りず、マシン語を使ったゲーム制作までしていたといいます。

小学生時代の長距離走だけでなく、兄弟とITという別の形でも、後年までつながる共通点があります。

父親・母親と大阪で過ごした子ども時代

父親と母親の氏名や職業は公表されていません。

足立さんは大阪で3人兄弟の末っ子として育ち、小学生時代に泉大津市から茨木市へ生活の場を移しています。

中学校は茨木市立東中学校。小学校時代の長距離走から競技を変え、今度は卓球に打ち込みました。市の大会で入賞するほど取り組む一方、家ではマイコンを触るという、運動とコンピューターの両方に熱中する少年でした。

高校ではさらに競技が変わります。大阪府立茨木高校に進むと水球を始め、生活は一気にプール中心になりました。

朝から夜まで練習を重ね、国体とインターハイに出場。全国大会では、同学年で水球選手としても知られた吉川晃司さんと対戦した経験もあります。

妻とは大学時代の水泳大会で出会った

妻との出会いは大学2回生の水泳大会

足立康史さんと妻の出会いは、大学2回生の頃でした。

水球を続けていた足立さんは、水泳大会で後に妻となる女性と知り合います。その後は遠距離恋愛となり、結婚しました。

2019年に玉木雄一郎さんのYouTubeへ出演した際には、妻と玉木さんに意外な接点があったことも明かしています。妻はハーバード留学時代に玉木さんと同級生だったというのです。

さらに、足立さんは2012年に妻について次のようにXへ投稿していました。

「IAEAで懸命に働く妻に敬意。」

足立康史さん

妻が国際原子力機関(IAEA)で働いていた時期があったことを、自身の言葉で紹介しています。

夫婦には長男が1人います。現在の本人公式プロフィールでも家族欄には「妻、長男」と記載されており、政治家としてのプロフィールの中でも家族の存在を明記しています。

若い頃は水球に朝から晩まで熱中

水球に打ち込みながら都市計画を研究

足立康史さんの若い頃を語るうえで外せないのが水球です。

高校から本格的に始め、京都大学へ進んでも競技を継続。大学では水球チームの主将を務め、チームは関西リーグ8連覇を達成しました。

2026年の学生新聞のインタビューでも、当時について「朝から晩までプールで汗を流す生活」を送っていたと振り返っています。

一方、大学では都市計画や都市経済の研究にも打ち込みました。本州四国連絡橋の整備が地域経済に及ぼす影響を、コンピューター上の都市モデルを使って分析していたといいます。

スポーツと研究だけで一日が埋まりそうですが、京都らしい時間も過ごしていました。哲学の道を歩きながら考えを巡らせ、大学院では哲学書にも親しんでいます。

「やらないで後悔するより、やって後悔する」

足立康史さん

60歳を迎えた後のインタビューでも、この言葉を学生へのメッセージとして語りました。若い頃から競技、研究、海外生活など異なる分野へ進んできた足立さんらしい表現です。

趣味・好きなものには意外な一面も

足立康史の好きなもの・休日
趣味・好きなこと
水球・短歌・読書
趣味の詳細
水球、読書・哲学、短歌
好きな食べ物
卵かけご飯
好きなもの
ケロロ軍曹、哲学書
あだ名・愛称
やっさん
足立康史の人柄・私生活
性格・価値観・人間関係から見える素顔
性格・人柄
「やらないで後悔するより、やって後悔する」と語り、挑戦することを重視
私生活・日常
水球や読書、短歌に親しみ、X・YouTubeなどでも継続的に発信
価値観・人生観
座右の銘は「遊危所」。20年ごとに新しい人生へ挑む「人生20年説」を大切にする
交友関係・人間関係
高校時代の水球全国大会では同学年の吉川晃司さんと対戦
意外な一面・こだわり
中学生時代にマイコンのマシン語でゲームを制作。好きな作品として「ケロロ軍曹」を回答

卵かけご飯・ケロロ軍曹・短歌

国会での姿とは少し印象が変わるのが、足立康史さんの好きなものです。

好きな食べ物として紹介されているのは卵かけご飯。気取った料理ではなく、とても身近な一品です。

2025年の「表現の自由」に関する候補者アンケートでは、好きな漫画・アニメ作品を問う設問に「ケロロ軍曹」と回答しています。

さらに文章にも親しみがあります。2024年10月に一度政治家引退を表明した際には、自作の短歌を添えました。

「微かな光 求め続けて」

足立康史さん

中学生でマシン語のゲームを作り、大学院では哲学書を読み、後には短歌も詠む。水球の体育会系という一面だけでは収まらない幅があります。

座右の銘は「遊危所」

足立康史さんが座右の銘として掲げているのが「遊危所」です。

「遊危所 ― 危ふき所に遊ぶ ―」

足立康史さん

安全な場所だけにとどまらず、難しい状況そのものへ飛び込む姿勢を表した言葉として使っています。

もう一つの価値観「人生20年説」

もう一つ、本人が繰り返し語っているのが「人生20年説」です。20年ほどを一つの区切りと考え、人生の中で違う世界へ何度も挑戦できるという考え方です。

足立さん自身は、20代までを学問と水球に打ち込む時期、その後の約20年を中央省庁で働く時期、50代以降を政治の世界に取り組む時期として振り返っています。本人が自らの歩みを年代ごとに振り返った説明です。

地元と国、海外を同時に意識する考えを、以前からこんな言葉にもしています。

「足は地元に、心は国に、眼は世界に。」

足立康史さん

足立康史の学生時代をもう少し詳しく見る

足立康史さんの公式プロフィールを時系列で見ると、学生時代は一つの分野だけに集中していたわけではありません。小学生では長距離走、中学では卓球とマイコン、高校から大学にかけては水球へと、興味の対象が何度も変化しています。

中学時代のマイコンでは、BASICだけでは物足りず、マシン語を使ったゲーム制作まで行っていました。現在ならプログラミングに近い取り組みですが、まだ家庭用コンピューターが一般的ではなかった時代の経験です。

高校では大阪府立茨木高校で水球に打ち込み、国体・インターハイへ出場。京都大学へ進学してからも競技を続け、チーム主将を務めました。公式プロフィールでは、大学チームが関西リーグ8連覇を達成したことも紹介されています。

大学院では、スポーツだけでなく哲学書にも親しみました。さらに卒業後は通商産業省へ入り、1996年から米国コロンビア大学大学院へ留学しています。国内の競技生活、研究、海外での学びと、若い頃から環境を大きく変えながら経験を重ねています。

2026年の学生新聞のインタビューでは、自身の人生をおよそ20年ごとの区切りで捉える考えを紹介しています。20代までを「学生の時代」、その後の約20年を「官僚の時代」、50代以降を「政治家の時代」と区切って振り返り、若い世代へは、目の前の挑戦を積み重ねることの大切さを語りました。

この考え方は、座右の銘である「遊危所」ともつながっています。ただし、性格を外から決めつけるのではなく、本人がどのような言葉で自分の選択を説明しているのかを見るほうが、人物像を確かめるうえでは分かりやすいでしょう。

官僚時代にはニューヨークとブリュッセルでも生活

大学・大学院を終えた足立康史さんは、1990年に通商産業省へ入省しました。公式プロフィールによると、その後21年間にわたって中央省庁で勤務しています。

この時期には海外で生活した経験もあります。1996年秋からは米国ニューヨークのコロンビア大学大学院へ留学し、その後は2009年からEU本部のあるベルギー・ブリュッセルにも駐在しました。

大阪で育ち、京都で学生生活を送り、東京の官庁で働いた後、ニューヨークとブリュッセルへ。若い頃から生活する場所が何度も変わっており、国内外の異なる環境で暮らした経験を持っています。

公式プロフィールには、2011年の東日本大震災と福島第一原発事故を機に退官したことも記されています。ここでは政治活動そのものではなく、約20年の官僚生活の中に国内勤務だけでなく留学・海外駐在が含まれていた点が、若い頃から中年期までの生活歴として注目できます。

学生新聞のインタビューで本人が語る「人生20年説」でも、この時期は「中央省庁で国家のために働く官僚の時代」と位置づけられています。本人は一つの人生だけを続けるのではなく、一定の区切りごとに違う世界へ進むという考え方を説明しています。

双子の兄と競い合った少年時代

足立さんの少年時代を特徴づけるもう一つの存在が、双子の兄・健史さんです。公式プロフィールでは、二人が小学生時代に長距離走で活躍し、「茨木の宗兄弟」と呼ばれたことまで紹介されています。

中学に入ると足立さんは卓球へ移り、市の大会で入賞しました。同じ時期にマイコンにも熱中しているため、放課後の関心はスポーツだけではありませんでした。体を動かす競技とコンピューターの両方に時間を使っていたことが分かります。

高校ではさらに水球へ競技を変え、国体・インターハイに出場。京都大学でも水球を続けました。子どもの頃から同じ競技一筋だったのではなく、長距離走、卓球、水球と段階ごとに新しい競技へ取り組んできた点も、若い頃の具体的なエピソードの一つです。

こうした少年期・学生期の経歴は、現在の本人公式サイトで本人のプロフィールとして公開されています。家族や趣味の記事では、肩書きだけでなく、このように本人が公表している生活歴をたどることで、検索だけでは断片的になりやすい情報を一つの流れとして確認できます。

少人数で語り合う「83カフェ」も続けている

2026年には、「83カフェ」と名付けた対話の場を各地で開いています。「83」は「やっさん」と読むことができ、以前から後援会活動や自身の会社名にも使ってきた数字です。

東京、大阪、北海道、福岡、岡山などへ足を運び、参加者とまとまった時間をかけて話す形式を続けています。一方向の演説だけではなく、質問や意見を受けながら話す活動です。

YouTubeでもそのスタイルは見られます。2026年8月の大阪でのイベントでは、「質問100本ノック」と題して参加者からの質問に答えました。

足立康史氏の「本人の言葉」から素顔を見る

家族や学生時代、趣味、価値観などについて、 本人が実際に語った言葉から、 人物像をさらに詳しく見ていきます。

本人の言葉を深掘り

自己実現より役割を重視

2024年3月11日 政治ドットコム「維新の会・足立康史議員に聞く!」
そもそも私にとって個人の自己実現とか野心とかは、どうでもいいものです。
この発言で語っていること

足立氏は政治家としての考え方を問われ、個人の自己実現や野心よりも、歴史の中で求められる役割を果たすことを重視していると語っています。

元の発言を確認する

還暦でも人生の折り返し点という感覚

2026年8月16日 学生新聞オンライン「参議院議員 足立康史」
120歳まで生きるとすれば、還暦の私も、折り返し点を過ぎたばかりです。
この発言で語っていること

足立氏は人生を長い時間軸で捉え、還暦になってもまだ折り返し点を過ぎたばかりだと、年齢に対する自身の感覚を語っています。

元の発言を確認する

批判を受けても自分の道を貫く

2024年3月11日 政治ドットコム「維新の会・足立康史議員に聞く!」
周りから批判を受けることもありますが、自分の道を貫いていきます。
この発言で語っていること

足立氏は自分の考えを語る中で、周囲から批判を受けることがあっても、自分が選んだ道を貫くという姿勢を本人の言葉で表しています。

元の発言を確認する
関連書籍
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参考・出典
この記事で参照した主な資料
公式・公的資料
報道・インタビュー
その他の資料
素顔データ最終確認日 2026年9月27日
この記事の更新履歴
  • 家族・双子の兄・妻・若い頃・趣味・価値観・公式SNS・YouTube等の素顔情報を確認し、新規記事を作成。本人公式発信などをもとに「本人の言葉から素顔を見る」情報も追加。 2026-09-27|H3見出しを追加し、妻との出会い・水球・趣味・価値観の構造を整理

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