落合貴之さんは、家族との暮らしや趣味、学生時代の出来事について、自身のインタビューやプロフィールで具体的に語っています。肩書きから離れてたどると、家庭での父親の顔、学生の頃から人を集めて企画を動かした経験、旅や料理を楽しむ日常が見えてきます。
落合貴之さんには妻と子どもがいます。慶應義塾大学では島田晴雄教授のゼミ代表を務め、全国約40ゼミを集める企画や国際交流イベントを動かしました。今は読書、映画、旅に加えて料理も楽しみ、得意料理として煮物を挙げています。
- 妻と長男・次男の4人家族で世田谷区内に居住。家庭では料理も楽しみ、読書・映画・旅も趣味としている。
- 慶應義塾大学で島田晴雄教授のゼミ代表を務め、全国約40ゼミを集める企画や国際交流イベントを自ら動かした。
- 大学ではゼミ代表として全国約40ゼミを集める企画や国際交流を運営。読書・映画・旅に加え、最近は料理を楽しみ、得意料理は煮物。
落合貴之の家族構成
妻とは2013年、仕事を離れていた時期に結婚
妻との結婚について、落合さんは2024年のインタビューで当時の状況を短く振り返っています。
2013年、無職の時に結婚。今でも共働きです。
出典:落合貴之公式サイト「2024年インタビュー」(公開日記載なし)
政治の仕事を続ける一方で、家庭は共働き。本人が家族について話すときは、華やかな話よりも、仕事と子育てをどう両立しているかという日常の話が中心です。
2人の息子と世田谷で4人暮らし
家族は妻と長男、次男の4人。世田谷区内の賃貸住宅で暮らしています。
2024年のインタビューでは、当時小4と小2だった息子たちと一緒に過ごせる時間をなかなか作れないとも話していました。その代わり、地元の人たちに遊んでもらうことがあり、家庭が地域のつながりにも支えられている様子を明かしています。
落合貴之の実家と家族のルーツ
落合さんは東京都世田谷区の出身です。本人は自分の育った家庭を、地元の個人商店・職人の家と表現しています。
幼稚園から中学校まで世田谷で過ごし、地域の子どもたちと同じ学校へ通いました。後年のインタビューでは、今では有権者となった同世代の人たちと机を並べて育ったと振り返っています。子どもの頃から続く生活圏です。
本人は自分の家庭を「職人の家」「個人商店の家」と表現してきました。商店や近所の人との距離が近い世田谷の生活圏で育ち、成人後も同じ地域を生活の拠点にしています。
落合貴之と壇蜜は学習塾の元同僚
落合さんと壇蜜さんには、意外な接点があります。2人は若い頃、学習塾で同僚だった時期がありました。
壇蜜さんは落合さんの妻ではありません。確認できる接点は、若い頃に学習塾で同僚だったことです。2018年には、壇蜜さんのカレンダー発売を扱った取材の中で、塾で同僚だった落合さんが衆議院議員になっていたことが話題になりました。
芸能人と政治家という現在の肩書きだけを見ると離れた世界に見えますが、接点はもっと前の仕事の時代にあります。落合さんの若い頃をたどる中で出てくる、少し意外な人間関係の一つです。
落合貴之の若い頃・学生時代
中学生で田中秀征に手紙を書いた
政治に強く興味を持ったのは中学生の頃でした。授業中にも机の下で政治家の本を読むほど夢中になり、当時テレビにも頻繁に出演していた田中秀征さんへ、自分の考えを書いた手紙を送りました。
すると田中さん本人から返事が届きます。そのときの感覚を、落合さんは後年のインタビューでこう表現しました。
野球少年が野球選手に手紙を書いたら、返事もらったみたいな。
出典:政治チャンネル「落合貴之 インタビュー全文」(公開日記載なし)
この返事を受け取り、政治家になるか秘書になるかまでは決めていなかったものの、「政治の世界で働きたい」という方向がはっきりしたと話しています。職業名より先に、興味を持った分野を仕事にしたいという気持ちが固まった時期でした。
大学では全国約40ゼミを集めて企画
大学時代は、興味を持つだけでなく自分で企画を立ち上げるようになります。学生シンクタンクをつくり、全国の大学へ呼びかけ、約40のゼミを集めた2日間のイベントを実施しました。
別の企画では、沖縄サミットをヒントに「沖縄サミット学生版」を計画。台湾、ソウル、慶應、沖縄の大学生が沖縄に集まる合同ゼミを組み、落合さんはアイデア出しから各大学との調整、現地会場の段取りまで動きました。
慶應義塾大学では島田晴雄教授のゼミに入り、代表を務めています。学生時代の本人ブログには、教授からゼミ活動を任され、学生同士の政策企画や国際交流を次々に動かしていた時期の記録が残っています。
学生シンクタンクの活動を通じて、当時まだ国会議員になる前だった江田憲司さんとも会いました。学生が政治家や研究者を招き、自分たちで場をつくる経験を重ねていました。
2001年前後は、メールがようやく学生同士の連絡手段として定着し始めた頃でした。落合さんたちは全国の大学へメールで呼びかけ、距離の離れたゼミ同士をつないで企画を組み立てています。台湾や韓国の学生との調整にもネットを使い、最後は実際に沖縄へ集まる形にしました。
島田ゼミで取り組んだテーマも一つではありません。本人の学生時代の記録には、自衛隊員と一般大学生の合同企画、税制を考えるフォーラム、日韓学生シンポジウムなどが並びます。教室の中だけで完結させず、外部の人と会う企画を自分たちで作る学生生活を送っていました。
落合さんは当時、学生のうちにしかできないことを優先したかったとも話しています。本を読んで知識を得るだけでなく、教授と率直に話し、他大学の学生と一緒に企画し、外部の人を招いて議論する。大学生活を、実際に人と会って試す時間として使っていました。
アルバイト代をためてバックパックの旅へ
旅を始めたのも大学生の頃です。目的を聞かれたとき、落合さんは次のように答えています。
自分の住んでる地球くらいは全部みてみたい
出典:政治チャンネル「落合貴之 インタビュー全文」(公開日記載なし)
アルバイトでためたお金を旅に回し、安い航空券や宿を探して移動しました。学生時代には国内各地を回り、海外ではバックパックを背負ってバスや電車を使う旅行を続けています。
大学4年の秋には、空港から乗ったタクシーで意図しない場所へ連れて行かれ、建物に閉じ込められる出来事もありました。本人は走って逃げたと振り返っています。その最中、相手と英語で議論している自分に気づき、受験のために覚えた英語が「使う英語」に変わった感覚があったそうです。
社会人になって長い休みが取りにくくなると、1回の旅行を短くしたり、まとまった休暇で複数都市を回ったりと形を変えました。銀行員時代には、広い国でも1年に1都市ずつ訪ねるような旅を続けています。
卒業旅行では、日本から遠い場所を探してイースター島や南米方面へ。秘書として働いていた時期には1か月の休みを取り、ニューヨーク、ワシントン、中東のドバイ、カイロ、ルクソール、フランクフルトなどを短い日程で回りました。
この1か月の旅では、1都市に滞在できるのは数日ほど。移動費も大きくなりましたが、各地の遺跡や美術館を回り、政治の仕事を一度別の場所から見直す時間にしたと振り返っています。旅行を休息だけにせず、知らない社会を見る機会として使っていました。
旅そのものを観光名所の確認だけで終わらせず、現地の人と話し、その土地の日常の食べ物を口にすることを意識していたと語っています。知らない土地では、観光客向けの特別なものより、現地の人にとって普通の生活に近づこうとしていました。
落合貴之の趣味・好きなもの
読書・映画・旅に加えて料理も楽しむ
趣味として挙げているのは読書、映画鑑賞、旅です。2024年のインタビューでは、まとまった時間が必要な旅よりも、日常の中ですぐできる料理を最近の趣味として挙げていました。
料理は短時間で作ることが多く、本人が得意としているのは煮物。忙しい時期でも続けやすい趣味として、家庭の中に料理の時間があります。
愛読書、映画、音楽の好みは幅広い
愛読書には、トーマス・フリードマン『フラット化する世界』、山本七平『「空気」の研究』、内村鑑三『後世への最大遺物』、福澤諭吉『福翁自伝』、マックス・ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を挙げています。
好きな映画は『ニュー・シネマ・パラダイス』『ゴッドファーザー』『トップハット』。音楽では宇多田ヒカルさんとMr.Childrenを挙げており、読書だけに偏らず、古い映画から日本のポップスまで好みが広がっています。
映画3作は、1935年の『トップハット』、1972年の『ゴッドファーザー』、1989年の『ニュー・シネマ・パラダイス』と年代も国も異なります。新作だけを追うというより、時代をさかのぼって作品を見るタイプであることが、好きな作品の並びから分かります。
国内全都道府県、海外40カ国以上を旅
これまでに国内の全都道府県を訪れ、海外は40カ国以上を旅しています。特に印象に残った場所として挙げているのはインドと中東です。
中東を回ったときには、同じイスラム圏でも国ごとに街の雰囲気や人々の暮らし方が違うことを実感したと話しています。ガイドブックで習慣を予習してから現地へ入り、目の前の日常と照らし合わせるのも旅の楽しみ方の一つでした。
食の好みは和食で、日本酒、お米、味噌汁、漬物、豆腐などを好きなものとして挙げています。各地でさまざまなものを食べてきた一方、世界を旅しても唯一苦手だというのが梅干しです。
海外では香港でヘビを食べた経験もあります。本人の記憶では、見た目は魚に近く、味はあっさりした鶏肉のようだったそうです。露店で見かけたものすべてに挑戦するのではなく、食べるものは選びながら現地の食文化に触れていました。
特別な高級料理を求めるより、現地の人にとって当たり前の食事を選び、できるだけその土地の人と会話するのが本人の旅のスタイルでした。旅行番組やネットで見るだけでは分からない日常を、自分の足で確かめることを重視していたと話しています。
落合貴之の性格・人柄と私生活
国会へは電車で通う
2024年のインタビューでは、移動についても日常の様子を話しています。議員専用の車を使う生活ではなく、普段の交通手段として電車を選んでいると説明しました。
国会へは電車で通ってます。
出典:落合貴之公式サイト「2024年インタビュー」(公開日記載なし)
世田谷で家族と暮らし、そこから電車で国会へ向かう。公務の場と家庭の生活圏が、日々の公共交通でつながっているという具体的な一場面です。
XやYouTubeでは生トークも行う
オンラインでは、一方的に情報を載せるだけでなく、ライブ配信の前に質問を募る形式も使っています。2026年7月には、翌日の30分生放送に向けてメールで質問を募集しました。
YouTubeでも30分の生トーク企画を続けています。2026年2月1日の回では古賀茂明さんをゲストに迎え、対話形式で話す回を配信しました。文章だけでなく、長めの会話で自分の考えを伝える場も持っています。
ネットとの付き合い方は、国会議員になった初期から考えていたテーマでもあります。2015年前後のインタビューでは、ネットだけで人との関係を作るのではなく、実際に会った相手とのつながりを深めるための手段として使うという考えを話していました。現在のライブ配信でも、質問を受け取って会話につなげる形式が続いています。
「誰かのためになっている」実感を大切にする
尊敬する人物としては、中学生の頃に手紙を送った田中秀征さんに加え、マハトマ・ガンジーを挙げています。具体的な人名を尋ねられた質問でも、国内の政治家と海外の歴史的人物を並べて答えています。
本人が掲げる価値観の中心には、自分だけで完結しない生き方があります。公式サイトの理念では、人生の充実について次の言葉を記しています。
自分の人生が、誰かのためになっていることを実感してこそ
出典:落合貴之公式サイト「理念」(公開日記載なし)
10代から届く連絡には返事をする
昔の自分と同じように、若い世代から連絡が届いたときの対応にも決めていることがあります。インタビューでは、普段すべてのメールに返事ができるわけではないとしながらも、10代から来た連絡には返事をするようにしていると話しました。
理由は、その返事が「その子の将来につながるかもしれない」から。10代から届いたメッセージだけは優先して返信するという、具体的なルールとして続けています。
落合貴之氏の「本人の言葉」から素顔を見る
家族や学生時代、趣味、価値観などについて、 本人が実際に語った言葉から、 人物像をさらに詳しく見ていきます。
旅が長年の趣味
短時間の料理では煮物が得意
人と話すのは世界を知るため
- sage-ch.jp 記事本文で参照
- www.ochiaitakayuki.com 記事本文で参照
- www.ochiaitakayuki.com 記事本文で参照
- 落合貴之に関するX投稿 記事本文で参照
- 落合貴之に関するYouTube動画 記事本文で参照





































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