麻生太郎さんの名前から「華麗な家系」を思い浮かべる人は多いかもしれません。祖父は吉田茂元首相、妻の千賀子さんは鈴木善幸元首相の三女。そして妹の信子さまは寬仁親王妃です。
母方をさらにさかのぼれば、大久保利通や牧野伸顕にもつながります。福岡・飯塚では麻生家が明治時代から事業を続けてきました。
一方、家族の名前だけでは見えてこない麻生さん自身の若い頃もかなり個性的です。大学ではヨット部に熱中し、クレー射撃では日本代表としてモントリオール五輪へ出場。漫画を長年読み続け、80歳を超えても政界で活動しています。
2026年9月時点では、福岡県第8区選出の衆議院議員で当選16回。自由民主党では再び副総裁を務めています。ここでは政治上の役職ではなく、家族や若い頃、趣味、日常のエピソードから麻生太郎さんの素顔をたどります。
- 2013年の対談では、5〜6時間眠れた朝は約40分歩き、腹筋や腕立てをすると語った。
- 小学校3年で福岡から東京へ移り学習院初等科へ編入。祖父・吉田茂の孫として反発を受けた経験を語っている。
- 本人は、若い頃から「なにくそ」という気持ちを抱いてきたと回想。
麻生太郎の家族構成
麻生太郎さんの家族は、妻の千賀子さんと長男、長女の一男一女です。
麻生家といえば祖父・吉田茂さんをはじめとする親族へ注目が集まりがちですが、妻側も元首相の家系です。さらに実の妹が皇室へ嫁いでおり、家族関係をたどるだけでも日本の近現代史に登場する名前がいくつも並びます。
妻・千賀子さんは鈴木善幸元首相の三女
妻は麻生千賀子さん。第70代内閣総理大臣を務めた鈴木善幸さんの三女です。麻生さんと千賀子さんは1983年に結婚し、その後、一男一女をもうけました。
千賀子さんは麻生家の企業とも関わりがあり、2026年3月末時点の株式会社麻生の役員には取締役として名前が掲載されています。
家族が公の場へそろって登場する機会は多くありませんが、2025年3月には千賀子さんと長女が東京ドームで野球を観戦する姿も報じられました。政治の場とはまったく違う、家族の日常がのぞいた一場面でした。
長男・将豊さんは麻生商事の社長
長男は麻生将豊さんです。大学在学中には仲間とITベンチャーを立ち上げ、2012年からトヨタ自動車九州で生産管理の仕事を経験しました。
2014年に麻生商事へ入り、2018年6月から代表取締役社長を務めています。麻生家の事業を担う世代の一人です。
将豊さんは2023年度に第72代日本青年会議所会頭も務めました。実は父・太郎さんも1978年に日本青年会議所会頭を経験しています。父子が45年ほどの時を隔てて同じ組織のトップを務めたことになります。
娘は1人|2025年には母・千賀子さんと野球観戦
麻生さんには長男のほかに長女が1人います。2025年3月には、母・千賀子さんとともに東京ドームでMLB開幕シリーズ前の試合を観戦する姿が報じられました。
家族構成として確認できるのは、妻・長男・長女の4人家族です。政治家一家、実業家一家という印象が強い麻生家ですが、母娘でスポーツ観戦を楽しむ姿は、普段のニュースとは少し違う家族の一面でした。
妹・信子さまを通じて皇室と親族関係に
麻生太郎さんの妹の一人が、寬仁親王妃信子さまです。信子さまは麻生太賀吉さんの三女として1955年に生まれ、1980年11月7日に三笠宮寬仁親王と結婚しました。
お二人の間には彬子女王殿下と瑶子女王殿下がいます。つまり麻生さんにとって、彬子女王と瑶子女王は姪にあたります。
「麻生太郎と皇室はどうつながるのか」という関係は、麻生さんの妹・信子さまが寬仁親王と結婚したことで生まれた親族関係として見ると分かりやすくなります。
弟には実業家の麻生泰さんがいます。太郎さんが麻生セメント社長から政界へ移った1979年、泰さんが同社社長に就任し、その後も麻生グループの経営を担ってきました。
麻生太郎の実家と家族のルーツ
麻生家の大きなルーツは福岡県飯塚市です。麻生グループの始まりは1872年。麻生太吉さんが飯塚市目尾で石炭採掘を始めたところまでさかのぼります。
炭鉱を基盤に成長した事業は、銀行、電力、鉄道、病院、セメントなどへ広がりました。戦後は石炭からセメントへ事業の軸を移しています。
太郎さんの父・麻生太賀吉さんも実業家で、衆議院議員を務めた人物です。1973年には太賀吉さんが麻生セメント会長となり、太郎さんが社長に就任しました。
母・和子さんは吉田茂元首相の三女
母の麻生和子さんは、吉田茂元首相の三女です。父・吉田茂さんの私設秘書も務め、1951年9月のサンフランシスコ講和条約締結会議にも同行しました。
太郎さんは和子さんの長男です。祖父・吉田茂さんとの距離も近く、後年になっても祖父の言葉を繰り返し語っています。
「戦争に負けても、外交で勝つ。」
出典:新潮社『父 吉田茂』(2012年8月28日)
政治家としての吉田茂ではなく、家族の中で「じいさん」と呼んだ祖父の言葉として残しているところにも、二人の近さが表れています。
大久保利通までつながる母方の家系図
母方の家系をさらにさかのぼると、明治維新の中心人物の一人である大久保利通へつながります。
大久保利通の次男が牧野伸顕。その娘・雪子さんが吉田茂さんの妻となり、吉田夫妻の三女・和子さんが麻生家へ嫁ぎ、太郎さんが生まれました。
家系図を一列にすると「大久保利通 → 牧野伸顕 → 吉田雪子 → 麻生和子 → 麻生太郎」という流れです。
父方には筑豊で事業を築いた麻生家、母方には大久保利通・牧野伸顕・吉田茂へ続く家系があります。さらに妻は鈴木善幸元首相の娘、妹は寬仁親王妃信子さま。麻生太郎さんの「家系図」が多く検索されるのも納得できるほど、多方面へつながっています。
麻生太郎の若い頃|祖父・吉田茂との思い出
麻生さんは福岡県飯塚市で生まれ、最初は福岡の小学校へ通っていました。祖父・吉田茂さんの内閣が発足すると家族で東京へ移り、学習院初等科の3年へ編入しています。
ところが「首相の孫」という立場は、子どもの麻生さんにとって楽なものではありませんでした。当時の政治状況への反発から、吉田茂の孫である麻生さん自身が攻撃の対象にされたこともあったと振り返っています。
「なにくそ、という気持ちをずっと抱いて生きていたね」
出典:学習院大学新聞社「自分の信念を貫いて 本学OB麻生太郎外務大臣インタビュー」(2007年4月5日)
その一方、家庭での吉田茂さんは、孫を授業から連れ出してしまうような祖父でもありました。麻生さんは、車で一緒に動物園へ出かけたり、落語の寄席へ行ったりした思い出を語っています。
歴史上の人物として教科書に載る元首相が、孫にとっては学校を抜け出して遊びに連れて行ってくれる「おじいちゃん」だったわけです。
大学時代は横浜でヨット部に熱中
学習院大学では政経学部へ進みましたが、本人の記憶に強く残っているのは授業よりヨット部でした。横浜での部活動に多くの時間を使い、目白のキャンパスへ行っても学校の外で遊んでいたと笑いながら振り返っています。
試験が近づくと友人からノートを借りて、直前に勉強して乗り切るタイプだったそうです。「不可を取らなければいい」という感覚だったと話しており、後年の重厚な政治家像とはかなり違う学生生活が見えてきます。
米国留学では英語の訛りを祖父に指摘された
大学卒業後には米国のスタンフォード大学大学院へ留学しました。ところがサンフランシスコを訪れていた祖父・吉田茂さんの前で英語を話したことが、思わぬ展開につながります。
麻生さんの英語がすっかり「カリフォルニア訛り」になっていることに吉田さんが驚き、家族から帰国するよう言われたというのです。送金も止まり、麻生さんは飛行機ではなく船で約2週間かけて日本へ帰ったと語っています。
その後は英国へ渡り、ロンドンで学びました。米国仕込みの英語を祖父に驚かれ、船で帰国するという話は、政治家一族の若者らしからぬユーモラスな留学エピソードです。
五輪選手だった麻生太郎|20歳で始めたクレー射撃
麻生さんの若い頃を語るうえで外せないのがクレー射撃です。始めたのは20歳の頃。父・太賀吉さんの影響でした。
始めて翌年には国体で優勝するまでに上達し、その後は日本選手権でも実績を重ねました。1974年のテヘラン・アジア大会ではスキート個人で金メダルを獲得しています。
1976年にはモントリオール五輪のクレー・スキート競技に日本代表として出場しました。五輪では41位。本人にとっては、それ以前の国際大会で優勝経験があっただけに悔しい結果だったようです。
その後、競技を続けるか仕事を選ぶかで迷い、射撃から離れました。
「結局仕事を選んだんだ」
出典:学習院大学新聞社「自分の信念を貫いて 本学OB麻生太郎外務大臣インタビュー」(2007年4月5日)
五輪出場は「昔スポーツをしていた」というレベルではありません。アジア大会で頂点に立ち、日本代表として五輪まで進んだ競技者でした。
のちに実業界、さらに政治の世界へ進んだため、クレー射撃選手だった時代は目立ちにくくなりましたが、麻生さんの若い頃を象徴する大きな一面です。
麻生太郎の趣味・好きなもの
本人の公式プロフィールに記載されている趣味は、読書とゴルフです。それに加えて、麻生さんの名前と切り離せないほど有名なのが漫画です。
『こち亀』は毎週の楽しみだった
2006年11月、外務大臣だった麻生さんは、忙しい一日を過ごした前夜に車の中で『週刊少年ジャンプ』の『こちら葛飾区亀有公園前派出所』を読んだことを公式サイトの日記につづっています。
そこで『こち亀』をただ「好きな作品」と紹介するのではなく、笑えるかどうかを自分のコンディションの目安にしているような言い方をしていました。
「毎週楽しみにしています。」
出典:麻生太郎オフィシャルサイト「こち亀。」(2006年11月7日)
大臣の日程の合間でも週刊漫画を読む。その習慣は、「漫画好き」という短いプロフィールよりも麻生さんの日常をよく伝えています。
『ゴルゴ13』『ONE PIECE』も読む
漫画の守備範囲は広く、『ゴルゴ13』は最初の巻から所有していると語っています。ゴルフ漫画の『風の大地』も面白い作品として名前を挙げました。
「変わらず読んでいるといったら、『ゴルゴ13』」
出典:ログミーBusiness「山本一太の『大臣vs大臣』 ゲスト:麻生太郎・財務大臣」(2014年2月11日)
さらに『ONE PIECE』についても読んでいると答え、仲間を助けることや義理、人情といった作品のテーマまで語っていました。
漫画を単なる暇つぶしではなく、日本文化の一つとして見ているところも麻生さんらしい部分です。長年の読書習慣の中に、小説や実用書だけでなく漫画が自然に入っています。
麻生太郎の性格・人柄と私生活
朝の運動は五輪合宿時代からの習慣
2013年に収録された対談では、5〜6時間ほど睡眠を取れた日は、その後の日程から逆算して朝に約40分歩き、腹筋や腕立て伏せをすると話していました。
本人は、こうした運動を五輪の合宿時代から続く「癖」のようなものだと説明しています。若い頃の競技生活が、その後の日常にも残っていたことになります。
中学生の頃には運動をやりすぎてストップがかかった
意外なのは、ずっと順調なスポーツ少年だったわけではないことです。本人の話では、中学生の頃に運動をやりすぎて体を痛め、運動を止められた時期がありました。
やがて「走らなくてもできる運動」を探し、ビリヤード、ボウリング、射撃などへ取り組んだそうです。ボウリングも全日本学生レベルまで進み、最後に始めた射撃では五輪代表になりました。
大学時代にはヨット、さらにボウリングや射撃。公式プロフィールに残るゴルフも含めると、麻生さんはかなり長い期間にわたって体を動かすことを生活の一部にしてきた人物です。
「体力と気力」「協調性」「人としての魅力」を大切にする
母校の学生へ向けたインタビューでは、社会では試験のように必ず正解が用意されているわけではないと話しています。
そのうえで必要なものとして挙げたのが、体力と気力、組織の中での協調性、そして人としての魅力でした。学生時代を優等生一辺倒で過ごさず、スポーツや友人との時間にも熱中した麻生さんらしい言葉です。
2009年には、自民党総裁として学生とのクロストークにも参加しています。政策だけではなくプライベートな質問にも答える形式で、文章だけでは分かりにくい話し方や表情を見ることができます。
名の知られた家族の中で育ち、若い頃にはヨットや射撃へ打ち込み、仕事を選んで競技から離れた後も運動習慣を残す。さらに漫画を週単位で読み続ける。麻生太郎さんには、政治のニュースだけを追っていると見えにくい、かなり多趣味で行動的な日常があります。
麻生太郎氏の「本人の言葉」から素顔を見る
家族や学生時代、趣味、価値観などについて、 本人が実際に語った言葉から、 人物像をさらに詳しく見ていきます。
年齢ごとに決めていた大人の嗜み
四十歳になったら葉巻、五十歳になったら帽子、六十歳になったらステッキなんだな
麻生氏は20代の頃、年齢を重ねるごとに葉巻・帽子・ステッキを楽しむ大人像を思い描いていたと語っています。
帽子とステッキは20年先送り
帽子は七十、八十になったらステッキ
実際には年齢に合わせて計画を20年ほどずらし、帽子は70代、ステッキは80代からと考え直したとユーモアを交えて話しています。
さいとう・たかをとの食事と対談
何回かあの人(さいとうさん)とメシ食ったり対談したことがありますんで。
麻生氏は『ゴルゴ13』作者のさいとう・たかを氏について、作品を長年読んできただけでなく、本人と何度も食事や対談をしたことがあると振り返っています。
※商品リンクにはアフィリエイトリンクを含みます。
- 衆議院「麻生太郎君」 運営主体:衆議院/確認内容:出生地、最終学歴、福岡8区、当選16回、2026年4月時点で自民党副総裁。
- 自由民主党「衆議院議員 麻生太郎」 運営主体:自由民主党/確認内容:当選16回、生年月日、2026年時点の副総裁等の党役職。
- 麻生太郎オフィシャルサイト「プロフィール」 運営主体:麻生太郎事務所/確認内容:生年月日、大学卒業、企業勤務、麻生セメント社長、モントリオール五輪、趣味の読書・ゴルフ。
- 株式会社麻生「沿革」 運営主体:株式会社麻生/確認内容:1872年の麻生太吉による創業、飯塚・筑豊との関係、麻生太賀吉・太郎・泰各氏の事業承継。
- 宮内庁「三笠宮寬仁親王妃家」 運営主体:宮内庁/確認内容:信子さまが麻生太賀吉氏の三女、1980年のご結婚、彬子女王・瑶子女王。
- 麻生商事「社長あいさつ」 運営主体:麻生商事株式会社/確認内容:麻生将豊さんの大学時代の起業、トヨタ自動車九州勤務、麻生商事入社、2018年の社長就任。
- JOC「五輪金は18年後 射撃の蒲池猛夫」 運営主体:日本オリンピック委員会/確認内容:麻生太郎氏が1974年テヘラン・アジア大会スキート個人で金メダル。
- 麻生太郎オフィシャルサイト「こち亀。」 運営主体:麻生太郎事務所/確認内容:『こち亀』を毎週楽しみにしていた漫画習慣。
- 中央通訊社「前日相麻生太郎擁華麗家世」 運営主体:中央通訊社/確認内容:1983年に鈴木善幸元首相の娘・千賀子さんと結婚、一男一女。
- 新潮社『父 吉田茂』 運営主体:新潮社/確認内容:麻生和子さんが吉田茂の三女、私設秘書、麻生太郎氏が長男、信子さまが三女、麻生太郎氏による祖父の回想。
- 学習院大学新聞社「自分の信念を貫いて 本学OB麻生太郎外務大臣インタビュー」 運営主体:学習院大学新聞社/確認内容:幼少期、吉田茂との思い出、ヨット部、米英留学時代、射撃、性格・価値観。
- ログミーBusiness「山本一太の『大臣vs大臣』 ゲスト:麻生太郎・財務大臣」 運営主体:ログミーBusiness/確認内容:朝の運動習慣、中学時代の運動停止、ボウリング・射撃、『ゴルゴ13』『ONE PIECE』など漫画の好み。













































コメントを残す