国民民主党の幹事長として記者会見に立つ榛葉賀津也さん。歯切れのよい話し方や、ときどき飛び出すジョークで知った人も多いかもしれません。
一方で、政治の話から離れると、奥さんや3人の子どもと暮らす父親であり、静岡県菊川市ではヤギの世話を続ける「ヤギのおじさん」でもあります。幼い頃の牛乳配達、野球、米国とイスラエルでの生活までたどると、会見だけでは見えない姿がかなり具体的に浮かんできます。大相撲やラーメンも本人が公表している好きなものです。
- ヤギの世話を続け、地元では自治会班長も務める。
- 5歳から8年間毎朝牛乳配達。中学では野球部の投手、高校では三塁コーチを務めた。
- 幼い頃から負けず嫌い。ユーモアを交えながら人と対話するタイプ。
榛葉賀津也の家族構成|奥さんと一男二女
榛葉賀津也さんには奥さんがいて、子どもは男の子1人と女の子2人。本人のプロフィールには、妻と一男二女に加え、犬とヤギも家族として紹介されています。
政治活動では全国を飛び回っていますが、家族の生活拠点は地元・静岡県菊川市です。家族について多くを語るタイプではないものの、本人の発信には子どもが選挙を手伝った時の様子など、父親としての顔が見える場面も残っています。
幼い頃の榛葉さん自身も、にぎやかな家庭で育ちました。大人になって自分が家庭を持った後も地元を離れきらず、菊川での暮らしを続けているのが特徴です。
榛葉賀津也の実家と家族のルーツ|菊川で育った8人家族
榛葉さんが生まれた1967年当時の家は、父、母、姉、兄、曾祖母、祖母、祖母の妹、そして本人という8人家族でした。3人きょうだいでは末っ子です。
父と母はともに戦争遺児でした。そのため、家庭でのしつけや教育はかなり厳しかったと榛葉さん自身が振り返っています。
生まれながらに小児ぜんそくがあり、母親は毎日、電車で約50分かけて静岡市内の日赤病院まで通院に付き添いました。政治家として知られるようになってからの豪快な印象とは少し違い、幼少期は体の弱さとも向き合っていたのです。
3歳ごろの家には、なんと20匹を超えるウサギもいました。ウサギへの餌やりは子どもたちの担当で、動物のいる暮らしは、現在のヤギとの生活よりずっと前から身近なものでした。
そして幼稚園の年長ごろ、厳格だった父の指示で始まったのが5歳から8年間の牛乳配達です。雨の日も寒い日も続け、地元では大人になった後も「かづやクン、よくやったよねぇ~」と声をかけられるほどでした。
今ではいい思い出。
出典:しんば賀津也公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)
父・達男さんは後に菊川町長や静岡県議会議員を務めました。ただ、家庭での父親像として残っているのは肩書きよりも、毎日の牛乳配達を8年間続けさせた厳しさです。
小学校時代には別の大人との出会いもありました。4年生から6年生までの担任だった鈴木孝治先生と太田勝昭校長を、榛葉さんは自分の人間形成に大きな影響を与えた存在として挙げています。
榛葉賀津也の若い頃|野球と英語力を鍛えた海外生活
中学では投手、高校では三塁コーチ
中学生になると榛葉さんは野球部へ。投手としてプレーし、チームではキャプテンも任されました。
ところが肩を痛めたことで、高校では選手として思うようにいかなくなります。掛川西高校では三塁コーチとして声を出し、チームを盛り上げる役割へ回りました。
当時から人前に立つことも得意だったようで、高校では生徒会長も務めました。取り組んだテーマの一つが制服の自由化。当時としては大胆な提案でした。
自分が中心選手になれなくても別の場所でチームを支え、生徒会では学校の仕組みに手を入れる。後年の「調整役」という印象につながるような場面が、すでに高校時代にありました。
英語力を伸ばした「謎の東洋人」作戦
高校を卒業すると、国内の大学ではなく米国へ向かいました。オハイオ州のオタバイン大学で学び、米国では約5年間生活しています。
渡米直後、周囲には日本人留学生も多くいました。しかし、日本人同士だけで固まれば英語を使う機会が減る。そこで榛葉さんが考えたのが、かなり思い切った方法でした。
英語がものになるまで日本人であることを隠そう
出典:しんば賀津也公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)
国籍不明の「謎の東洋人」作戦です。相手に日本語で逃げる余地を与えず、誰からも英語で話しかけてもらう環境を自分で作りました。
本人はこの方法が成功したと振り返っています。授業だけで英語を身につけたというより、生活そのものを英語から逃げられない状態に変えてしまったわけです。
5年間の米国生活では学業だけでなく仕事も経験し、米国人の考え方や生活習慣を肌で学びました。検索されることの多い榛葉さんの英語力の背景には、こうした長期間の生活経験があります。
イスラエルで変わった人生観
米国で学んだ後はイスラエルへ渡り、テルアビブ大学への留学やエルサレム・ヘブライ大学大学院での生活を経験しました。
戦争の危機が生活のすぐ近くにある土地で、同世代の若者が兵役に就く現実にも触れました。米国とはまた違う環境で暮らしたことが、榛葉さんのものの見方を大きく変えます。
「命の大切さ」「平和の意味」
出典:しんば賀津也公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)
日本、米国、イスラエルと全く異なる生活環境を行き来したことは、英語を話せること以上に大きな経験でした。
2026年には、牛乳配達や少年時代を本人が振り返るインタビュー形式の動画も国民民主党のチャンネルで公開されています。文章とは違うテンポや表情で、榛葉さん自身が昔の出来事を語っています。
2026年も国民民主党幹事長として活動
国民民主党の2026年役員一覧では、榛葉賀津也さんは幹事長です。2026年7月の党公式会見でも幹事長として会見を行っていることが確認できます。
この記事では党務や政策の評価ではなく、妻・一男二女、静岡県菊川市での家庭、米国留学と英語、ヤギの世話、大相撲やラーメンといった人物面を中心に扱っています。
妻や子どもについては、本人が公表している続柄までを基準とし、氏名・学校・勤務先など未公表の個人情報は追加していません。
記事内のYouTubeは、榛葉賀津也さん本人が生い立ちを振り返る公式動画です。
榛葉賀津也の趣味・好きなもの|大相撲、ラーメン、プロレス
本人プロフィールに載っている趣味は、大相撲観戦とラーメン店探訪です。外交・防衛を得意分野とする国会議員の紹介ページに「ラーメン店探訪」と並んでいるところが、少し意外です。
スポーツとの縁は野球だけでもありません。静岡県馬術連盟の会長を務める一方、プロレスも好きで、初代タイガーマスクの佐山サトルさんが率いる団体ではコミッショナーを務めています。
さらに有名なのがお酒です。テレビ静岡の取材では、休日なら一升瓶を2本空けられるほどだったと紹介されています。
2024年には健康診断の数値を受けて医師から飲酒について厳しい言葉をかけられました。それでも本人の返しは深刻一辺倒ではありません。
実は酒が好きではない。酒が私を愛している
出典:FNNプライムオンライン「国民民主党・榛葉幹事長ってどんな人?」(2025年7月20日)
健康診断の数値はその後改善したと報じられています。硬い話題でも最後に笑いを入れる姿は、趣味や日常を話す場面でも変わりません。
榛葉賀津也とヤギのケビンファミリー
榛葉さんの素顔を語るうえで外せないのがヤギです。菊川市の自宅では複数のヤギを飼い、本人公式サイトにも「ケビンくん情報」という専用コーナーがあります。
ヤギの飼育は草刈り対策から始まりました。忙しくて畑の草刈りに苦労していたころ、知人から「ヤギが草を食べてくれる」と聞いたことがきっかけです。
ところがヤギは予想以上によく草を食べました。2025年の取材時点では5頭に増え、今度はヤギのために榛葉さん自身が草を刈って運ぶという、最初とは逆の状況になっています。
この暮らしから、近所の子どもたちには「ヤギのおじさん」と呼ばれるようになりました。
飼っているだけではありません。自宅にいる日は朝5時半ごろからヤギの世話を始め、掃除、えさやり、ブラッシングまで自分でこなしています。
心が洗われます。ほんとうにいやされます。
出典:日刊スポーツ「【軍師に聞く】国民・榛葉賀津也氏、玉木雄一郎氏の不倫報道に愕然も『信じる力は負けない』/2」(2024年12月23日)
東京で仕事が続いて帰れない日には、近所の「ヤギ仲間」に世話を頼むこともあるそうです。本人だけのペットというより、地域の人も含めた日常の一部になっています。自宅にいる朝は5時半ごろから掃除やえさやり、ブラッシングまで自分で行い、仕事で不在のときは近所の人に頼むという生活です。ヤギの飼育が本人だけで完結せず、地域とのつながりにもなっている様子が分かります。本人公式サイトでもヤギの情報を継続して紹介しています。
2025年7月の参院選が終わった1週間後にも、政治の話ではなく、ケビンやビリーたちと過ごす朝の様子をXへ投稿しました。
選挙や国会から菊川へ戻ると、スーツを着た幹事長からヤギの掃除をする飼い主へ切り替わる。この振れ幅が、榛葉さんの私生活で最も目立つところです。
榛葉賀津也の性格・人柄と私生活|ユーモアと人付き合い
榛葉さんは幼稚園時代、かけっこでもいたずらでも「一番」でなければ気が済まない子どもだったと自分で振り返っています。かなりの負けず嫌いでした。
一方、大人になってから周囲が注目しているのは、人との距離の縮め方です。テレビ静岡は、考えの違う質問を受けても頭ごなしに否定せず、ユーモアを交えて返す姿を紹介しています。
記者会見でも、真剣に答えていた直後にジョークを挟むことがあります。政治的な主張に賛成するかどうかとは別に、会見そのものが動画で広く見られるようになった理由の一つです。
玉木雄一郎との「太陽と月」の関係
交友関係で特に知られているのは国民民主党代表の玉木雄一郎さんです。2024年12月のインタビューでは、毎日のように連絡を取り合っていると話しています。
はい。趣味は玉木雄一郎です。
出典:日刊スポーツ「【軍師に聞く】国民・榛葉賀津也氏、玉木雄一郎氏の不倫報道に愕然も『信じる力は負けない』/2」(2024年12月23日)
冗談のような言い方ですが、榛葉さんは玉木さんとの役割を「太陽と月」に例えています。玉木さんが太陽なら、自分はその光を受ける月。自分を前面に押し出すより、代表や党の仲間を支える側だという自己認識です。
自身を幹事長ではなく党の「番犬」と表現することもあります。強い言葉を使いながら、実際には周囲を守る役割として説明するところに榛葉さんらしい言葉選びがあります。
地元の自治会班長もこなす暮らし
国会議員になって長く経っても、菊川での地域生活は続いています。2024年春には西方ふるさとづくり水源祭へ参加し、1年間務めた自治会班長として最後の仕事となる餅つきもしました。
地元の祭りで餅をつき、家に戻ればヤギの世話をする。一方で週が明ければ国会や党の記者会見へ向かうという生活です。
恩師と留学時代の友人が今もつながる
榛葉さんは、昔の人間関係を長く続けています。小学校時代に大きな影響を受けた鈴木孝治先生や太田勝昭校長について、成人後も人生の相談をする存在として紹介しています。
米国時代には、現地の学生と積極的に付き合う中でブライアン・カニングハムという親友もできました。後にブライアンさんの結婚式では、花婿を支えるグルームズマンを務めています。
日本人同士で固まらないと決めた留学生が、現地の友人の結婚式で重要な役目を任されるまでになったという一枚は、榛葉さんの公式プロフィールにも大切な思い出として残されています。
そして、小学校時代の恩師との付き合いも途切れていません。大人になった今は「人生」だけでなく「お酒」の指導まで受けていると、少し笑いを添えて紹介しています。
榛葉賀津也氏の「本人の言葉」から素顔を見る
家族や学生時代、趣味、価値観などについて、 本人が実際に語った言葉から、 人物像をさらに詳しく見ていきます。
良い本は何度も読み返す
私は比較的本を読むのが好きで、新しい新刊を読むのもいいんですけれども、かつて読んだ本でいいなと思う本を何度も読み返すのもいいものでございまして
榛葉氏は読書好きで、新刊だけでなく、以前読んで良かった本を繰り返し読む楽しみもあると国会で語っています。
竹富島が大好き
初ラジオパーソナリティへの高揚
58年の人生のハイライトとして出演したいと思います。
榛葉氏は初めてラジオパーソナリティを務めるにあたり、長年ラジオを聴いてきた自身にとって人生のハイライトになると意気込みを語っています。
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- しんば賀津也公式サイト「プロフィール」 運営主体:しんば賀津也公式サイト/確認内容:生年月日、家族、趣味、幼少期、実家、牛乳配達、野球、米国・イスラエル生活、友人・恩師
- しんば賀津也公式サイト 運営主体:しんば賀津也公式サイト/確認内容:公式X、公式YouTube、ケビンファミリー、菊川での地域活動
- 参議院「榛葉 賀津也(しんば かづや)」 運営主体:参議院/確認内容:参院5期、選挙区、出生地、最終学歴、野球連盟1級審判員、現行委員会
- 国民民主党「榛葉賀津也」 運営主体:国民民主党/確認内容:党所属、5期、公式HP・X・YouTube確認
- 国民民主党「党役員」 運営主体:国民民主党/確認内容:2026年3月18日時点の幹事長確認
- 榛葉賀津也公式X 運営主体:榛葉賀津也公式X/確認内容:本人SNS・ヤギ・家族関連投稿
- しんばかづやチャンネル 運営主体:しんばかづやチャンネル/確認内容:公式YouTube確認
- 国民民主党「対決より解説」 運営主体:国民民主党「対決より解説」/確認内容:牛乳配達、若い頃を本人が語る映像
- FNNプライムオンライン/テレビ静岡「国民民主党・榛葉幹事長ってどんな人?」 運営主体:FNNプライムオンライン/テレビ静岡/確認内容:父・達男、若い頃の野球、ヤギを飼い始めた理由、5頭のヤギ、酒、プロレス、人柄
- 日刊スポーツ「【軍師に聞く】国民・榛葉賀津也氏、玉木雄一郎氏の不倫報道に愕然も『信じる力は負けない』/2」 運営主体:日刊スポーツ/確認内容:玉木雄一郎氏との関係、本人の自己認識、ヤギの世話、私生活








































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