鈴木俊一の家系図は?妻・子ども、父・鈴木善幸と麻生太郎との関係

鈴木俊一
ひと目でわかるプロフィール 鈴木俊一
すずきしゅんいち
生年月日
1953年4月13日
出生地
東京都
血液型
B型
星座
おひつじ座
干支
巳年
最終学歴
早稲田大学教育学部
主な前職
国会議員秘書
趣味・好きなこと
ゴルフ・スキー・料理

鈴木俊一さんは、1953年4月13日生まれ。2026年9月時点では73歳で、衆議院岩手2区選出の自民党幹事長を務めています。

国会ではベテラン政治家として知られていますが、家族へ目を向けると、元首相の父、麻生太郎さんにつながる姉、妻や子どもたちという政治家一家ならではの関係があります。その一方で、家では料理を楽しみ、孫まで囲んで食卓を作る一面もあります。

若い頃には米国を約3週間巡り、のちに大統領となるビル・クリントンさんと対面したこともありました。ゴルフやスキーだけでなく、日本そばや料理も好き。長く政治の第一線にいる姿とは少し違う日常の顔が見えてきます。

同姓同名の「鈴木俊一」さんには、1910年生まれで東京都知事を務めた別人がいます。この記事で扱うのは、1953年生まれの衆議院議員・鈴木俊一さんです。

鈴木俊一さんの素顔がわかる3つのポイント
  1. 料理を楽しみ、シウマイを作って妻・子・孫との食卓を紹介したことがある。
  2. 1988年にIVLPで約3週間米国を巡り、アーカンソー州知事時代のビル・クリントン氏とも面会。
  3. 丁寧な会釈や人の話を聞く姿勢を他党議員からも評されている。

鈴木俊一の家族構成

鈴木俊一の家族構成 家族・結婚・子ども
父親
鈴木善幸
兄弟姉妹
姉(麻生太郎氏の妻)
子ども
息子1人・娘2人

父・鈴木善幸は第70代内閣総理大臣

父は、第70代内閣総理大臣を務めた鈴木善幸さんです。俊一さんにとって父は、有名政治家というだけでなく、自身が政治の世界へ入る前から間近で仕事ぶりを見てきた存在でもありました。

善幸さんは岩手県山田町に生まれ、水産業との結び付きが非常に深い政治家でした。俊一さんも大学卒業後には全国漁業協同組合連合会で働き、その後、父の秘書を務めています。親子で同じ地域を政治活動の大きな基盤としながら、水産業とも縁を持ってきました。

ただ、父から受け継いだものは選挙区や仕事だけではありません。俊一さんが後年、政治家として最も大切なことを語った際にも、父から繰り返し言われていた言葉が登場します。その話は、俊一さん自身の人との接し方にもつながっています。

麻生太郎とは姉を通じた義兄弟

家系図で特に気になるのが、麻生太郎さんとの関係です。俊一さんの姉は麻生太郎さんの妻であるため、俊一さんから見た麻生さんは姉の夫にあたる義兄です。

血縁の兄弟ではなく、姉の結婚によってつながった姻戚関係です。鈴木善幸さんを父に持つ俊一さんと、麻生家の麻生太郎さんが親族関係にあるのは、この姉を通じたつながりによります。

政治の世界で二人の名前が並ぶ機会が多いこともあり、「親戚なのか」「どんな関係なのか」と分かりにくくなりがちですが、家族関係としてはこの形が最もシンプルです。

鈴木俊一の妻と子ども

東京オリンピック・パラリンピック担当相を務めていた時期には、家族として妻と一男二女が公表されていました。子どもは息子1人、娘2人の3人です。

家庭での様子がよく分かるのが、男性の料理参加を応援する「おとう飯」の企画です。俊一さんが作ったのはシウマイ。妻が孫の世話をしている間に台所へ立ち、家族へ料理を振る舞っていました。

私の場合は「おじい飯」かな?

出典:内閣府男女共同参画局「『おとう飯』サポーター」(公開日記載なし)

このときは妻だけでなく、「子も孫も」と家族で食卓を囲む様子を紹介しています。大臣の肩書きを離れた家庭では、料理を作る「おじいちゃん」の顔がありました。

趣味として料理を挙げるだけでなく、実際に家族のために台所へ立っているのが俊一さんらしいところです。後年のインタビューでも料理の話は繰り返し登場しており、一時的な企画ではなく、長く楽しんできたことがうかがえます。

鈴木俊一の実家と家族のルーツ

鈴木俊一の実家・自宅・家族のルーツ
育った家庭や暮らしから見える人物像
実家・家族のルーツ地域
岩手県
実家・家庭環境
父方のルーツは岩手県山田町。父・善幸は山田の網元の家に生まれ、海と水産業に深く関わった。

鈴木俊一さん本人の出生地は東京都杉並区です。「岩手の政治家」という印象が強いものの、本人が岩手県で生まれたわけではありません。

一方、父方の家族のルーツをたどると岩手県山田町につながります。父・善幸さんは山田町の大きな網元の家に生まれ、幼い頃から海のそばで育ちました。三陸の漁村と水産業は、善幸さんの人生を通して大きな存在でした。

私の父は山田に生を受け、小さいころから海に親しみ

出典:岩手県山田町「広報やまだ 特集 鈴木善幸」(2008年8月1日)

俊一さんは父の銅像除幕に寄せた言葉の中で、善幸さんが「古里山田」を大切にしていたことを振り返っています。故郷と水産業への思いは、父の人物像を語るときに切り離せないものでした。

俊一さん自身も、政治家になる前には全国漁業協同組合連合会で会長秘書や調査役を経験しています。東京生まれでありながら、父方の故郷がある岩手を政治活動の地とし、水産業とも接点を持った若い時期を過ごしました。

そのため「なぜ岩手なのか」を家族側から見ると、単に選挙区を引き継いだというだけではありません。山田町、三陸、海、水産業という父の代から続く家族の背景が、その前にあります。

鈴木俊一の若い頃

俊一さんは早稲田大学教育学部を卒業しました。その後は全国漁業協同組合連合会で仕事をし、父・善幸さんの秘書を務めています。政治家になる前から、人と会い、地域を回り、父の活動を支える生活を送っていました。

その頃の印象的な経験が、1988年9月のアメリカ訪問です。米国務省による新興リーダー向け交流プログラム「IVLP」に参加し、約3週間にわたって米国各地を巡りました。

現地では上院議員やコメ生産団体の関係者らと会い、ホームステイも経験。当時は次の衆院選への立候補を考え、父の名代として地元の行事やあいさつ回りを重ねていた時期でした。

この訪米で会った人物の一人が、当時アーカンソー州知事だったビル・クリントンさんです。クリントンさんが米大統領になるのは、その数年後でした。

とてもエネルギッシュな印象の方だったのを覚えています。

出典:自由民主党「『思い出の一枚』鈴木俊一幹事長」(2026年4月15日)

写真には、今より30年以上若い俊一さんとクリントンさんが一緒に写っています。国会議員になる前に海外の政治や経済、暮らしへ触れた3週間は、俊一さん自身が後に「政治活動の大きな糧」と振り返る経験になりました。

若い頃から華やかな政治家人生だけを歩んでいたわけではなく、漁業団体で働き、秘書として地域を回り、その途中で海外へ出て見聞を広げるという時期がありました。

2026年時点の公式プロフィールで確認できる現在地

衆議院の公式プロフィールでは、鈴木俊一さんは1953年4月13日生まれ、岩手2区選出、当選12回です。早稲田大学教育学部を卒業後、全国漁業協同組合連合会で勤務し、父・鈴木善幸さんの秘書を経て国政へ進みました。

自由民主党の現職議員プロフィールでは、2026年9月時点で幹事長を務めています。この記事では役職の評価ではなく、家族、若い頃、趣味、料理など、本人が公表している生活面を中心に紹介しています。

妻・子ども・孫は公表された範囲まで

妻と一男二女という家族構成は、過去の政府公式プロフィールなどで公表されています。さらに内閣府の「おとう飯」企画では、妻が孫の世話をしている間に鈴木さんがシウマイを作り、家族で食卓を囲む様子も紹介されました。

一方、子どもや孫の氏名・職業・学校などは本人が広く公表していません。そのため、この記事でも家族構成や本人が語った家庭でのエピソードまでにとどめています。

記事内の動画は本人出演の自民党公式講座

記事内のYouTubeは、2020年に自民党中央政治大学院が公開した「ネットDeマイ(出前)講座」で、鈴木俊一さん本人が講師として出演した動画です。別人や本人不在の一般動画ではありません。

動画では総務会長としての経験だけでなく、父から「聞き上手」であることの大切さを教わったという本人の言葉も確認できます。家族については、本人や公的資料で確認できる範囲を中心に紹介しています。

鈴木俊一の趣味・好きなもの

鈴木俊一の好きなもの・休日
趣味・好きなこと
ゴルフ・スキー・料理
趣味の詳細
ゴルフ・スキー・料理
好きな食べ物
日本そば

俊一さんの趣味として公表されているのは、ゴルフ、スキー、料理です。五輪相時代のプロフィールではゴルフと料理、自民党の候補者紹介ではスキーとゴルフが挙げられています。

食べ物では日本そばが好きなものとして挙げられています。政治関係のプロフィールでは役職や政策の話が中心になりがちですが、そば、スキー、ゴルフ、料理と並べると、普段の好みがかなり具体的に見えてきます。

中でも近年よく語っているのが料理です。2025年末のインタビューで「料理が得意」と話を振られると、少し笑いを交えながら理由を明かしました。

結局、自分が美味しいものを食べたいだけなんですが(笑)

出典:自由民主党「党内融和と丁寧な合意形成を 鈴木俊一幹事長が語る令和8年の自民党」(2025年12月22日)

料理では、火をつける前に食材や調味料を準備しておくことを大切にしているそうです。途中で準備を始めると火が通り過ぎてしまうため、何をどの順番で進めるかを先に整えておきます。

俊一さんは、この「段取り」を政治にも共通するものとして語っています。家庭でシウマイを作る姿と、党内で多くの人の意見をまとめる姿はまったく別の場面ですが、本人の中では事前に準備して順番を整えるという感覚でつながっているようです。

鈴木俊一の性格・人柄と私生活

鈴木俊一の人柄・私生活
性格・価値観・人間関係から見える素顔
性格・人柄
丁寧な会釈や人の話を聞く姿勢を他党議員からも評されている。
私生活・日常
料理を楽しみ、シウマイを作って妻・子・孫との食卓を紹介したことがある。
価値観・人生観
座右の銘は「和を以て貴しとなす」。父から「聞き上手」であることの大切さを教わった。
意外な一面・こだわり
料理好きで、料理の「段取り」を政治にも重ねて語る。

俊一さんの人柄については、同じ党の仲間だけでなく、野党議員から語られた場面があります。2024年3月1日の衆議院本会議で、立憲民主党の奥野総一郎さんは財務大臣だった俊一さんについてこう話しました。

私は非常に温厚な人格者だと思っております。

出典:国会会議録「第213回国会 衆議院本会議 第8号」奥野総一郎議員発言(2024年3月1日)

奥野さんが挙げたのは、大げさなエピソードではありません。予算委員会で席が正面になった際、俊一さんは目を合わせ、席を立つときにも丁寧に会釈し、戻ってきたときにもおじぎをしていたといいます。

また、奥野さんが党の税制調査会の報告を持参した際にも、俊一さんは話をきちんと聞いたと振り返っています。政治的な立場が異なる相手から、日常的な所作や聞き方について具体的に語られた例です。

料理の話でも、家族に食べてもらうために自分で台所に立っています。人前で見せる政治家としての姿だけでなく、会釈、聞く姿勢、料理といった小さな場面に、普段の振る舞いが表れています。

鈴木俊一が大切にする「聞き上手」と和

俊一さんが人と接するときに大切にしている考え方の一つが「聞くこと」です。2020年、自民党のインターネット講座で「政治家として何が一番大切なのか」と尋ねられた際、本人ははっきり答えています。

政治家にとって一番大切な事は聞き上手であることです。

出典:自由民主党中央政治大学院「党役員による『ネットDeマイ(出前)講座』を開催しました」(2020年7月16日)

この「聞き上手」は、父・善幸さんからも言われていたことだと続けています。さまざまな意見を持つ人が集まる場では、できるだけ多くの意見を聞くことを重視してきました。

もう一つ、プロフィールで長く掲げているのが「和を以て貴しとなす」という言葉です。五輪相時代の官邸プロフィールでは「以和為貴」、自民党の候補者紹介でも「和を以て貴しとなす」を座右の銘として挙げています。

父から教わった「聞き上手」、座右の銘の「和」、そして料理について語る「段取り」。長い政治生活を離れて言葉だけを拾っても、俊一さんが人の話を聞き、順序を整えながら物事を進めることを大切にしてきた様子が分かります。

東京都杉並区生まれながら、父・善幸さんの故郷である岩手県山田町や水産業とのつながりは深く、大学卒業後には全漁連へ勤務しました。家族のルーツ、最初の仕事、その後の地元との関係が一つの流れでつながっています。政治家になる前から、水産業との接点があったことも特徴です。

本人の公表経歴をたどると、地元との関係が一貫していることが分かります。

家族のルーツと若い頃の仕事が重なる点は、その後の歩みを理解するうえでも重要です。

父の故郷と自分の最初の仕事が同じ水産業の世界でつながっている点は、家族の背景を知るうえでも見落とせない部分です。

家庭では自分で料理をし、仕事では相手の話を聞くことを重視し、座右の銘には「和」を掲げています。父から受け継いだ言葉、若い頃の水産業での経験、日常の台所での段取りは別々の話に見えますが、本人が公に語ってきた内容を追うと、人の話を聞きながら順序立てて動くという共通した姿が見えてきます。

2020年の講座では、こうした考え方を本人の話し方とともに見ることができます。

鈴木俊一氏の「本人の言葉」から素顔を見る

家族や学生時代、趣味、価値観などについて、 本人が実際に語った言葉から、 人物像をさらに詳しく見ていきます。

本人の言葉を深掘り

若い頃の米国ホームステイ

2026年4月15日 自由民主党「思い出の一枚 鈴木俊一幹事長」
ホームステイも経験する等、米国の政治、経済、文化にたくさん触れ、大いに見聞を広めることができました。
この発言で語っていること

鈴木氏は若手時代の訪米研修でホームステイも経験し、米国社会に触れたことが視野を広げたと振り返っています。

元の発言を確認する

訪米経験が政治活動の糧に

2026年4月15日 自由民主党「思い出の一枚 鈴木俊一幹事長」
このプログラムを通じて、改めて日米関係の大切さを実感し、その後の政治活動の大きな糧となりました。
この発言で語っていること

鈴木氏は若手時代の国際交流プログラムが、その後の政治活動に大きな影響を与えたと話しています。

元の発言を確認する

若い頃の全漁連勤務への思い入れ

2013年4月26日 第183回国会 衆議院外務委員会 第6号
私自身、かつて全漁連に勤務をしておりました。そして、自民党の水産部会長もいたしまして、水産にはかなり深い思い入れを持っております。
この発言で語っていること

鈴木氏は若い頃に全国漁業協同組合連合会で働いた経験を振り返り、水産分野には個人的にも深い思い入れがあると国会で語っています。

元の発言を確認する
参考・出典
この記事で参照した主な資料
公式・公的資料
報道・インタビュー
素顔データ最終確認日 2026年9月28日
この記事の更新履歴
  • 家族構成、家族のルーツ、若い頃、趣味・料理、人柄、価値観、公式情報を確認し新規記事を作成。 2026-09-20|衆議院と自由民主党の最新公式情報を再確認。2026年9月16日の幹事長再任を出典へ追加し、現況の整合性を確認。 2026-09-27|「本人の言葉」から素顔を見るセクションを追加 2026-09-28|本文を拡充。家系図・妻子・若い頃・料理・本人出演動画を本人公式、衆議院、自民党、内閣府資料で再確認。 2026-09-28|家族・若い頃・趣味・日常の具体エピソードを追加し、本文の人物情報を補強。

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