兵庫県知事として知られる斎藤元彦さん。政治のニュースで名前を見る機会は多い一方、家ではどんなふうに過ごし、どんな家庭で育った人物なのかは、あまり知られていません。
斎藤さんには妻と息子がいて、2021年には小学生だった一人息子と遊ぶことを休日の楽しみにしていました。2026年には、忙しい朝でも家族と同じ時間に朝食を囲むことを大切にしていると語っています。
祖父が営んだ神戸のケミカルシューズ製造業、中高6年間の寮生活、大学時代の留年、体育祭でのモヒカン姿、自作のマグカップで飲むコーヒー。ひとつずつ見ていくと、知事としての公の姿からは分からない一面がかなり見えてきます。
- 朝食を家族と囲む時間を大切にし、登庁後は自分でコーヒーをドリップするのが日課。
- 中学・高校の6年間は愛媛県松山市で寮生活。大学進学後は東京で一人暮らしを始め、授業にあまり出ず留年した時期もあった。
- 高校時代の同級生から「当時からムードメーカーだった」と振り返られている。
斎藤元彦の家族構成
斎藤元彦さんには妻と息子1人がいます。息子については、2021年の兵庫県知事選を前に、小学生の一人息子と遊ぶことが休日の楽しみだと紹介されました。
当時、斎藤さんが手元に大切に持っていたのが、息子から贈られた四つ葉のクローバーです。選挙活動で家族と過ごす時間が減る中、息子からもらった小さな贈り物を励みにしていました。
嫁はどんな人?
妻は政治活動の表舞台に立つ人物ではありませんが、2024年には週刊文春が妻について取材しています。同誌は、パリ生まれで、慶應大学を卒業し、三菱UFJ銀行に勤務した経験があると報じました。
「斎藤元彦 妻 岡本」「斎藤元彦 妻 旧姓」といった情報も見かけますが、妻の氏名や旧姓を本人が公表した資料はありません。
2026年4月には、朝食について「なるべく家族と同じ時間に、みんなでわいわいと食べています」と話しています。忙しい公務が続く中でも、朝は家族と同じ食卓を囲む時間にしています。
私にとって一番大事な時間です。
出典:兵庫県「アサ@から広がる可能性」(2026年4月15日更新)
息子との休日と四つ葉のクローバー
2021年には、小学生だった息子と遊ぶことを休日の楽しみにしていました。候補者紹介でも「休日の過ごし方」は「子供と遊ぶ」と答えています。
同年7月には、日焼けした自分の姿について「夏休み明けの息子と同じ様子になりました」とXで投稿。短い一文ですが、息子の日常を普段から見ている父親としての距離感が伝わる投稿です。
息子の氏名や学校名は公表されていません。
斎藤元彦の実家と家族のルーツ
斎藤元彦さんは1977年、神戸市須磨区で生まれました。幼い頃に暮らしていた衣掛町は須磨海岸や須磨水族園に近く、本人はアットホームな地域だったと振り返っています。
家族の中で大きな存在だったのが祖父です。祖父は神戸市長田区と須磨区でケミカルシューズ製造業を営んでいました。斎藤さんは子どもの頃から、祖父が経営の厳しさについて話すのを聞いて育っています。
NEWSポストセブンは2024年、斎藤さんが育った実家について約120坪だったと報じています。神戸の靴産業に関わる家庭で育ったことは、本人が繰り返し語ってきた原点のひとつです。
「元彦」という名前にも祖父の思いがあった
「元彦」という名前にも兵庫とのつながりがあります。祖父は、1962年から1970年まで兵庫県知事を務めた金井元彦氏にあやかって名前をつけたとされています。
総務省へ入る前には、祖父から「いずれ兵庫に戻り、知事を目指せ」という趣旨の言葉も贈られました。さらに祖父から受け取った言葉が、現在まで大切にしている「雲中雲を見ず」です。
雲中雲をみず
出典:神戸新聞NEXT「斎藤元彦|兵庫県知事選2021」(2021年)
高校生で経験した阪神・淡路大震災
1995年1月17日の阪神・淡路大震災。当時、斎藤さんは高校生で、愛媛県松山市の寮にいました。朝にラジオをつけると神戸で大地震が起きたというニュースが流れ、すぐ須磨区の実家へ電話しています。
すごく心配しました。
出典:ぼうさいこくたい2022「スペシャルインタビュー」(2022年)
学校から1週間の特別休暇を受けて神戸へ戻り、家族の無事を改めて確認しました。震災前から入院していた祖母の様子を見るため、須磨から東灘まで自転車で走ったことも覚えています。
その道中では粉じんが舞い、街が大きく壊れた光景を目にしました。祖父のケミカルシューズ事業も震災前から厳しい状態にあり、震災によってさらに大きな影響を受けました。
斎藤元彦の若い頃
斎藤元彦さんの若い頃には、現在の落ち着いた印象とは少し違うエピソードがあります。
小学校卒業後の中学受験では、第一志望だった六甲中学校に合格できず、愛媛県松山市の愛光学園へ進みました。親元を離れ、中学・高校の6年間を寮で過ごしています。
実は本当に楽しい6年間でした。
出典:さいとう元彦公式ウェブサイト(公開日記載なし)
寮で一緒に生活した同級生を「生涯の友」と呼び、卒業後も交流が続きました。2026年7月にも、青春時代をともに過ごした仲間や恩師と久しぶりに会ったことをXで紹介しています。
体育祭ではモヒカン姿でふんどし踊り
意外なのは高校時代です。同級生は、斎藤さんが体育祭で髪をモヒカン刈りにし、ふんどし姿で踊ったことがあると振り返っています。
当時からムードメーカーだった
出典:withnews「斎藤元彦知事の〝素顔〟とは」(2025年12月26日)
静かな優等生タイプだけを想像すると、かなりギャップがあります。少なくとも高校時代には、友人たちの中で目立つことを楽しむ面もあったようです。
大学時代は授業にあまり出ず留年
高校卒業後は三宮の予備校で1年間過ごし、東京大学へ進みました。初めての東京で一人暮らしを始めると、かなり自由に過ごしていた時期もあります。
本人は「あまり授業に出席しない日々」だったと明かしており、結果は駒場留年。東大に入った後で留年しているというのは、エリート一辺倒の印象とは違うエピソードです。
その頃、平成不況で家族の経済状況が急激に悪化しました。大学を辞めることも考えましたが、育英会の奨学金を利用して学生生活を続けています。
また、NEWSポストセブンは、大学時代の斎藤さんがテレビ番組で「イケメン東大生」として出演したことがあると報じています。若い頃の写真を見ると、現在とはまた違った雰囲気があります。
斎藤元彦の友人・恩師と人間関係
斎藤元彦さんの人間関係で長く続いているのが、愛光学園時代の仲間です。10代の6年間を親元から離れて一緒に過ごした友人たちとは、卒業してからも関係が続きました。
本人は寮生活を共にした同級生を「生涯の友」と表現しています。社会人になってからも年に数回、神戸で集まっていたと紹介しています。
2026年7月18日のXでは「久しぶりに旧交を深めました」と投稿し、青春時代をともに学んだ仲間と恩師への感謝を記しました。知事になった後も、10代の頃につながった人たちとの交流が残っています。
現在は兵庫県知事として2期目
兵庫県の公式プロフィールでは、齋藤元彦さんは1977年11月15日、神戸市須磨区生まれ。東京大学経済学部卒業後、総務省に入り、佐渡市、宮城県、大阪府などで勤務した後、2021年に兵庫県知事へ就任しました。
2024年11月には第54代兵庫県知事として再び就任し、現在は2期目です。この記事では県政への評価ではなく、妻・息子との家庭、学生時代、読書、寺社巡り、料理など、本人が公表してきた生活面を中心に紹介しています。
妻や息子については、本人が公に話した範囲を中心に紹介しています。2021年には小学生だった一人息子と遊ぶことを休日の楽しみとして挙げ、息子から贈られた四つ葉のクローバーを大切に持っていたことも報じられています。2026年の本人インタビューでは、忙しい朝でも家族と同じ時間に朝食を囲むことを大事にしていると語っています。家族の氏名や学校など非公表の情報には踏み込まず、本人が自ら話した日常の範囲で確認しています。息子との休日、四つ葉のクローバー、家族との朝食といった話はいずれも本人や公開された紹介記事から確認できる具体的な出来事です。読書、寺社巡り、料理、朝のランニングなどの習慣とあわせると、公務とは別の日常の過ごし方も見えてきます。家庭で過ごす時間の具体例として確認できます。本人発信に基づく情報です。
斎藤元彦の趣味・好きなもの
斎藤元彦さんの趣味として確認できるのは、読書、ジョギング、寺社巡りです。大河ドラマやお笑い番組を見ることも好きだと話しています。
司馬遼太郎の『世に棲む日日』が好き
読書では司馬遼太郎の歴史小説を好み、とりわけ好きな作品が『世に棲む日日』です。幕末の志士・高杉晋作が一人で立ち上がり、周囲の共感を広げていく姿にひかれていました。
尊敬する人物には坂本龍馬を挙げています。斎藤さんと坂本龍馬は、ともに11月15日生まれです。
寺社巡りは現在も続いている
寺社巡りも昔から公表している趣味のひとつです。2026年8月には丹波篠山市を訪れ、篠山城跡や神社を巡りながら、丹波黒大豆のスイーツも味わったことをXで紹介しました。
料理もする|味噌汁や兵庫の食材を自宅で楽しむ
自分で料理をする姿もXで時折紹介しています。2024年3月には、人参や大根、酒粕を入れ、北神みそで仕上げた味噌汁を自分で作りました。
2026年3月には室津の牡蠣を自宅で食べた様子も投稿しています。調理法は殻付き牡蠣をラップして電子レンジで加熱するというシンプルなもの。醤油やレモン汁を少しかけて楽しんでいました。
斎藤元彦の性格・人柄と私生活
高校時代の「ムードメーカー」という姿に加え、日々の生活を見ると、決まったルーティンをかなり大切にするタイプでもあります。
朝は水とワールドニュースから始まる
2026年に明かした朝の習慣では、起床すると最初に水を飲み、BSのワールドニュースを見ます。時間があればランニングをしてから朝食へ。
朝食は欠かさないようにしており、ご飯の日は納豆と卵かけご飯、パンの日は菓子パンやトースト。さらに、トマトと野菜のブレンドジュースを毎朝飲むのが定番です。
2026年4月のインタビュー当日は、アップルパイ、梨、野菜のブレンドジュース、アイスコーヒーという朝食でした。
毎朝、自分でコーヒーをドリップ
登庁して最初にすることのひとつが、コーヒーを入れることです。しかも職員に頼むのではなく、毎朝自分でドリップします。
少ししんどい朝でも、自分で入れたコーヒーを飲むことで気持ちをリセットするのだそうです。「こればかりは他の人には任せられない」と話すほど、本人にとって大切な習慣になっています。
使っているマグカップにもこだわりがあります。丹波で教えてもらいながら自分で作った立杭焼のマグカップで、ブラックコーヒーを1日に4杯ほど飲みます。
夜はストレッチと軽い筋トレ
夜は入浴後にストレッチと軽い筋トレを行い、できるだけ午前0時前に寝るよう心がけています。
40代になってからは晩酌をノンアルコールビールに変えた時期もあり、2021年の選挙活動では朝の駅立ちに備えて日付が変わる前に就寝。バッグには栄養補給用のバナナを入れていました。
モヒカンで体育祭を盛り上げた高校生時代、授業にあまり出ず留年した大学時代、息子から贈られた四つ葉のクローバー、毎朝欠かさない家族との朝食、自作マグで飲むコーヒー。政治家としてニュースに登場する姿とは違う日常も、斎藤元彦さんという人物を形づくっています。2026年の本人インタビューでは、朝の水分補給やランニングも習慣として語られています。朝の過ごし方にも本人なりの型があります。
齋藤元彦氏の「本人の言葉」から素顔を見る
家族や学生時代、趣味、価値観などについて、 本人が実際に語った言葉から、 人物像をさらに詳しく見ていきます。
ものづくり体験への興味
食事を楽しむ一面
伊丹産の大きな茄子の甘みが麺とスープによく合いました。
斎藤氏は自宅で食べた熊本もっこすラーメンに兵庫県産の茄子を合わせ、その味を具体的に紹介しています。
朝のルーティン
- さいとう元彦公式ウェブサイト 運営主体:さいとう元彦/確認内容:出生地、実家、祖父、ケミカルシューズ事業、幼少期、寮生活、大学時代。
- 知事のプロフィール齋藤元彦 運営主体:兵庫県/確認内容:生年月日、出生地、最終学歴、兵庫県知事第53代・第54代。
- アサ@から広がる可能性 運営主体:兵庫県/確認内容:2026年の朝食、家族との時間、コーヒー、立杭焼マグ、運動・睡眠習慣。
- 兵庫県 知事のページ・活動記録 運営主体:兵庫県/確認内容:2026年8月時点の知事在職・公務状況。
- 2021知事選 候補者の横顔<3> 斎藤元彦氏 運営主体:神戸新聞社/確認内容:一人息子、四つ葉のクローバー、祖父の言葉、好きな本、生活習慣、趣味。
- 斎藤元彦 兵庫県知事選2021 運営主体:神戸新聞社/確認内容:休日の過ごし方、趣味、座右の銘。
- 斎藤元彦知事の〝素顔〟とは 告発文書で揺れた兵庫県、取材した記者 運営主体:withnews/朝日新聞社/確認内容:名前の由来、祖父、中高時代のモヒカン・ふんどし踊り、同級生から見た人物像。
- 兵庫県知事・斎藤元彦(46)辞職を阻んだ“パリ生まれ妻” 運営主体:週刊文春/文藝春秋/確認内容:妻について「パリ生まれ」「慶應卒」「三菱UFJ銀行勤務」とする報道。
- 《実家は120坪の豪邸》斎藤元彦知事の「秀才幼少期」時代 運営主体:NEWSポストセブン/小学館/確認内容:実家の規模、若い頃、「イケメン東大生」としてのテレビ出演。
- ぼうさいこくたい2022 スペシャルインタビュー 運営主体:ぼうさいこくたい2022/確認内容:阪神・淡路大震災当日の体験、家族、祖母、実家のケミカルシューズ事業。






































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